15 3月 2012
今日、アカデミーヒルズにて約二時間に渡り、津田大介さん(@tsuda)の取材を行った。
これは津田さんが現在立ち上げつつある政治メディアについての構想を、意力ブログ読者に伝えるものである。
また同じく、独自のメルマガで収益構造を独立させて運用資金に充てるというシステムを採用しているという、ソーシャルメディア界でも稀有な事例として英語に翻訳して海外にも伝えたいと思っている。
津田さんからは最新著作「情報の呼吸法」(朝日新聞社)にサインを頂いたので、これを読者プレゼントにする予定。
原稿は当意力ブログインターンの渡辺成明 (@watanabena) の手により文字おこしがなされ、来月初め頃には当ブログに4~5回に渡り掲載される予定。
お楽しみに!
25 2月 2012
先日ANAの親善大使として日本に招聘された全米で最も人気のあるポッドキャスト番組の一つ、GeekBeat.TVで彼らの東京滞在をフィーチャーする番組がアップされ始めました。
動画中で今回のイベントの立役者として紹介されたのは光栄の極み(笑)
今回の4人の親善大使はすべて、北米のソーシャルメディア最新事情を伝えた拙著「ソーシャルメディア革命」で紹介されています。興味がある方はぜひご一読ください! (最近また売れ始めているようです)
12 2月 2012
ソーシャルメディアウィークはソーシャルメディア界でも最も大きな世界的なイベントの一つだが、今年は東京でも初開催される。
佐々木俊尚さんと田原総一朗さんによる基調対談などがメディアでも取り上げられたので、ご存知の方も多いと思う。
この他にも、ループスの斉藤徹さんや津田大介さん、イケダハヤトさんに市川裕康さんといったビッグネームが並ぶ他、Cali Lewisと同じく全日空のイベントで来日するLinkedInの専門家でもあるソーシャルメディア・コンサルタントのニール・シェーファーさんも参加する他、躍進中のマイクロブログサービス「Tumblr」のCEOなども最近になって参加が表明された。なかなか面白いことになりそうである。
私も及ばずながら世界銀行東京事務所を代表してソーシャルグッドのセッションに登壇することとなっている。16日の午後1時から講談社会場にて話す予定なので、ソーシャルメディアが公共の世界をどう変えていくかについて興味がある方は、ぜひ奮ってご参加頂きたい。ちなみに今回は米国首都のワシントンDCでもソーシャルメディアウィークが開催され、世界銀行本部のソーシャルメディア部門の長を務めるジム・ローゼンバーグはそのイベントのボード・メンバーにも名を連ねており、ソーシャルメディアがもたらす雇用機会の増加というテーマで演をする予定である。
「開発問題とソーシャルメディア ~持続的成長により貧困のない世界を~」 ソーシャルメディアを通じて伝える途上国支援のビジョンと現状
ソーシャルメディアウィーク東京 公式ウェブサイト
セッションスケジュール一覧
登録は無料だが、定員があるので、早めの予約をお勧めします。See you all at Social Media Week!
12 2月 2012
拙著ソーシャルメディア革命でも紹介したアメリカ一のカリスマポッドキャスター(Vlogger)であるCali Lewisが全日空のイベントで13日に初来日する。
彼女がスピーカーを務めた2010年のブログワールドでの初対面から、やり取りを続けてきて、今回もいくつかの機会で一緒に何かができそうだ。
彼女がメインホストであるGeekBeat.TVの最新エピソードで初来日の件も触れられている。日本でも何本かビデオを撮っていってくれることであろう。非常に楽しみである。
現在調整中だが、まったく無名の地位からGeek BriefやGeek Beatといった自身の番組でブランディングを続けてきて、今や全米1の座まで躍り出た彼女の生き様をJPLIVE.TVでも垣間見ることができるかも知れない。
30 1月 2012
先日発表した通り、2月19日に地方ルールを統一して最強の強者を求めるトランプゲーム「大富豪(大貧民)」大会を開催する。メディアパートナーはソーシャルテレビ界の風雲児小倉淳さん率いるJPLIVE.TV。
下記は新たなルール表である。実はこう見えて毎日の電話MTGを運営者側は欠かさずおこなっている(笑)
そして、今回の大会には公式スポンサーがつき、名称も 「天下一大富豪大会 マンハッタンインベストメント杯」としました。
当日は午後1時から6時間に渡って大会が開催され、午後5時からはUstream のJPLIVE上でライブ中継される予定。
意力流世界基準の創造的資本主義への挑戦の幕は切って落とされる。。。
20 1月 2012
米史上最大級の著作権侵害摘発!FBIがMegaupload閉鎖、運営者8人を逮捕 (Gizmodo Japan)
大変なことになりましたね。ちなみに、同サイトには現在下記のようなバナーがFBIにより貼られています。こんなのも初めて見ました。。。先日のウィキペディア停止騒動にまで発展した、いわくのSOPAへの影響はどうなるんでしょうか。
ソーシャルとクラウド、これから社会や技術は誰のためのものなのかという議論がどんどん激化していきそうです。
1 1月 2012
どこでも言われてることですが、本当に2011年は激動の年だったと思います。
めまぐるしく変化する環境の中で、一年先の展開が読めないという状況が個人的にも何年も続いていますが、まさにそれこそが世界情勢の反映じゃないか、とか勝手に考えてます。
過去や未来にとらわれることなく、「今を善く生きる」ことで、未来もどんどんいい方向に変わっていく、そう思いながら日々生きるようにしています。
昨年は、仕事面においてはディスカヴァー・トゥエンティワン社から本も二冊出版でき、ブログも最高アクセス数を記録しました。AAJA-LAの理事や、PFCの親善大使への就任も大きなニュースでしたが、何より20年越しの悲願である世界銀行という国際機関のソーシャルメディア広報担当に就任するという大イベントがありました。
プライベート面でも7年越しの手続きで、家族揃って米国永住権を取得できました。本当に多くの方にご支援頂きまして、感謝をとても一言では言い尽くせません。
辰年の今年は、意力ブログのリニューアルも考えています。その第一弾として、新たに意力ブログのロゴを作り直しました。
画像にあるのがそれですが、これは神戸在住の書「働」家の薛翔文(せつしょうぶん)さんの手によるものです。
薛翔文(せつしょうぶん)さんの公式サイト
薛さんは世界に書を広めるための普及活動にも尽力されており、今月の15日にはボストンのBoston Children’s Museumにてパフォーマンスをされるそうです。力強くて躍動的な新しいロゴで、心機一転頑張りたいと思います。
最後になりますが、しばらく日本に住んでみて、日本再生には、団塊ジュニア世代のリーダーシップ、そして国際的な視点が必要なのではないかとの思いを強くしました。今年は日本での活動が主になりますが、お世話になった方々に恩返しをすると同時に、社会への恩返しという点で、震災からの復興に向けても自分なりのカタチで貢献していきたいと思っております。
本年も意力ブログ、そして公私、家族ともども、どうぞよろしくお願いします。
立入 勝義
5 11月 2011
週末は帰省する予定だったが、急遽変更して、諸々の用事をこなす。
東野圭吾本を二冊読了。「学生街の殺人」と「聖女の救済」。両書の執筆時期には何と21年の差がある。
ツイッターで読後に感想をつぶやいている「東野圭吾イッキ読みシリーズ」もあと10冊を切った。思えば、(マンガ以外で)ここまで一人の作者の作品を読み込んだことはなかった。(というか全作品を読もうなんて思ったのも初めてだ)
都内のワンルームマンションに住み、普通に満員電車で通勤をする日々を数週間続けてみて、いろいろ見えてくるものがあると思ったのは前のエントリーでも書いたとおり。これまでは海外在住の視点で本を書いていたが、いわゆる団塊ジュニア世代の一日本人として書いてみるのもいいのじゃないかと思い始めている。(といえば、偉そうに聞こえるかも知れないけども、やはり日本に住んでいるのと海外に住んでいるのとでは視点が異なって当然なのだ)
たまたま職場の近くで見つけたブライアンソリスの「新しいPRの教科書 ソーシャル時代に求められる「知」と「技」(原題:Putting the Public Back in Public Relations)」は素晴らしい書籍だと思った。しかし、視点がやはりアメリカ目線なので、なかなか日本では受け入れられないようだ。
では、今の日本に求められている書とは何なのか。電子書籍なんかで揺れる今の日本の出版界はそれを必死に追い求めているのだろう。
せっかくしばらく日本にいるのだから、それについても僕の視点で何か書いてみたい。「インターネットの始まり、資本主義の終わり(仮題)」はなかなか硬い本だからそうは売れないだろう(というか版元が見つかるかどうかも定かではないが)から、ソーシャルメディアをテーマにということで。しかし、ソーシャルメディアの本はそもそもが売れていないようだ。これについても言いたいことはいろいろあるが、一言でいうとまだ本当の波が来ていないということなのだろう。しかし、電子出版よりもソーシャルメディアの波は早く来そうだ。そして、それは各企業の広報を巻き込むものだからスケールが大きい。そう思いながら考えてきて、一つアイデアが湧いた。
それは「人間力」とか「生きる力」に焦点を定めるというもの。できたら特に若者(16~24歳)に対して何かを訴えかけるものにしていきたいと考えている。ブライアンの本を読んでも明らかだが、ソーシャルメディアを考える上で重要なのは「個性」である。では、この個性をどうやって磨くことができるか。今の日本が没個性化している理由はいくつも思いつくが、それを打開するには「視野を広げる」ことだと思っている。それは選択肢を増やすことにつながる。義務教育を終えて、進学校に入り、大学受験と就活を経て一般企業に入社して、東京で働く、それ自体は何も間違ってはいないが、みんながみんなそれでは個性がアピールできない。
スティーブ・ジョブズが起業家として素晴らしいと思うのは、彼はひたすら個性を追求して、苦難を何度も超えたところだ。(ところで、僕は彼がいわゆる「企業利益」の枠を飛び越えて世界の変革のためにもっと大きなことができたのではないかと思っていて、それを社会が彼に対してさせてあげられなかったことが残念だと思っている。あれだけの「パッケージ力」と絶大な影響力をもった彼なら、世界から貧困や飢餓、紛争を無くすことにも類まれない力を発揮できたのではないか、と)
よく「引き出し」という表現が用いられるが、とどのつまりは、彼のスピーチが人を感動させるのはそこに裏打ちされた実績があるからである。例えは少し変わるが冒頭の東野圭吾にしたって、恐らく彼の人気を支えているのは彼が20年間も不遇の作家生活を余儀なくされていたところである。人は成功そのものには羨望を抱くが、共感を抱くのは「成功の裏側」に触れた時なんじゃないだろうか。
あぁ、この人も自分と同じ人間だったんだ、そう思うところに人間らしさがあり、共感の素になる何かがある。
では共感が生まれるのはどういう場合か。
定義の通り、「共通項」を相手に対して見出すことができる場合となる。だから一般的には「生まれながらにしての億万長者」よりも「貧乏からはいあがった大スター」に共感を得るものだ。
そして、これだけストレスの多い社会に生きる日本人は「不遇」に悩む人に対する共感のレセプターのようなものをもっていると思う。ビリー・ジョエルのピアノマンという歌には、「もしここから離れられたら、映画スターにでもなれるのに」と嘆くバーテンダーがでてくるし、僕が高校生の時からずっとJPOPのトップに君臨するB’z の Pleasure ~人生の快楽~ というシリーズ曲にも「もし生まれ変わったらなんて、目を輝かせて言ってたくない」という歌詞がでてくる。日本でバーチャル文化がやたら反映し、斜めな視線の「リア充」なんて言葉がでてくるのも、日本の「国民総幸福量」が低いからなんだろう。
だから、人の成功そのものには共感できないが、「苦労した」人に対してはエールを送ることができる。逆に言うと、相手の苦労が見えなければ、つまり不遇な人生を送った人に対してでなければ、簡単にその人の成功を喜んであげられないという、ややひねくれた精神が垣間見える。昨夜は女子バレーをやってたが、苦労無くして一流になどなれるわけがないスポーツで国民が一丸となれるのは、まさにそれだ。そして、一方二世議員なんかに対してとかく批判的な意見が出るのは、その人たちが生まれながらにして特権階級にいるように見えるからだろう。事実はどうでもいい。(もちろん、当人にしてみたらものすごい苦労している場合もあるだろう)
このあたり、日本を呪縛しているのは「蜘蛛の糸」の物語だと思っている。芥川龍之介の時代以前から世の中大して変わっていないのだ。
僕が「視野の拡大」を目指す理由はここにあるのだが、論じたいのはこの部分ではない。
では、なぜ日本は「飢餓や紛争に苦しむアフリカの民」に対して、同じような共感をもてないのだろうか。あるいは起業・独立を目指して努力したり、苦しんでいる人々をサポートするような社会意識が根付かないのか。
僕はその答えが「共感」レセプターの受容力低下にあると思っている。
「日常性の壁」理論ではないが、やはり普段の生活の中で接点が無いものに対しては、共感を得られない。それこそが戦後の経済復興で焼け野原から復活した日本が失ってしまったものである。よく「平和ボケ」という言葉が用いられるが、人は平和になると自分から争いを求めるようなことはしなくなる。しかし、世界はまだ平和じゃないのだ。昔は文学が、そして後に映画などがその共感作りに貢献していた。肌の色や言語が異なっても、「同胞」という意識があれば、時代や場所を超えても人間は痛みを分かち合うことができるはずなんだよね。講演なんかの際に話すことがあるが、僕にとってのその体験は中学校の時に行った「アウシュビッツ展」や「731部隊展」、そして高校生の時に体験した「盲学校の文化祭へのボランティア」でした。五体満足にいれることに感謝をした瞬間が、共感レセプター作成の原体験。
大体G20で経済危機が叫ばれるように、世界の先進国も、そして日本の社会そのものもそれほど平和ではなくなってきている。
例えば東京には昔よりも「生活難民」のような人が増えているように思う。極度な東京一極集中がもたらしたものは、選択肢の搾取であったのではないか。そして、それに一番気づいているのは東京に住んでいる地方出身者ではなくて、東京に生まれ育った方々だ。最近よく「なんで東京なんかに住むんだろう」という言葉をそういう方々から聞くようになった。彼らは自身で「選択」をすることなく東京にいるわけだが、自ら東京を選択してきた人々の思考について疑問視する部分があるのだろう。
そう言うと、「みんな東京に来ることを選択しているじゃないか」という反論がありそうだが、そういう向きにはマーク・トウェインの「人間とは何か」の議論を思い出して頂きたい。一見自分で選択しているようでも、実は反射運動を繰り替えすだけの「機械」になってしまっているということがあるもの。
ソーシャル時代は個人の情報発信の時代である。コンテンツは自分自身だ。
ブログ一つ書くにも独自の視点と個性、表現力が必要とされる。しかし、それは他の大多数と同じことをしていたのだと何も発信することがないということになる。埋没してしまうだけだからだ。共感は得られるかも知れないが、独自の視点がないと今度は「支持」が得られない。支持がなければ、ソーシャル時代では独立していけない。もちろんビジョンも重要であり、それは自身のインフルエンサー度が高くなればなるほど、求められていく。(その点で、僕は津田大介さんが日本のソーシャルメディア界を代表して政治メディアを作ろうとしている動きを積極的に応援したいと思っているし、世界にも伝えていきたいと感じている)
そんなことを考えながら、実はとんでもない貧乏生活と苦労続きだった幼少時代に形成された自我をそのまま引きずって、「普通」じゃない生き方を選び続け、リスクを取り続けた自分の人生をシェアしてみるのも、若者に対する気づきのきっかけになるのではないかと思い始めた今日この頃である。
やっぱり、じっくり書きこむ時間が欲しいなぁと思う反面、少しぬるま湯の心地よさを感じ始めている自分の甘さを実感している週末の一日。
3 11月 2011
日本に来てもうすぐ一ヶ月になる。
以前東京で単身赴任生活をしていた時は出社が10時からだったので、あまり混雑していなかった。
だから今回の日比谷線の朝のラッシュは「東京で通勤している」感たっぷりである。
(まだあまり慣れてないので、大抵2,3本はスルーしてしまう)
ソーシャルメディアを巡る動きに注目する中で、日本人の通勤ライフスタイルにスマホがどれだけ大きく関係してきているかということもよく分かる。また、いざ日本でスマホやデジカメを探してみて思ったのは日本では型落ち製品がとても安くなるということ。(結局ドコモをキープしつつ、AUのHTCEvoを無料で購入) iPhone率はかなり高く、最近は会食の場などで他の出席者がみんなiPhone 持っているなんてことがよくある。(iPhone4S はバッテリー問題でOSがアップデートされるとか)
経済問題の動向ではギリシャや政府の為替介入、TPPなど気になる問題が目白押しである。大阪のダブル選挙の行方ももちろん気にかかる。
スティーブ・ジョブズが「神」に祀り上げられる一方、どう考えてもフリーランスや零細企業に対する風当たりは冷たいようにしか見えない。日本には年齢認証やパチンコなどグレーゾーンが一杯あるにも関わらず、どうも時間とお金にはめちゃくちゃ厳しい傾向があるようだ。これじゃリスクを取る起業家は一向に増えていかないだろう。規制緩和をするところを見極めて欲しい。
1970年から2010年までの間に起こった出来事を経済、環境、政治、宗教、ITなどの観点から読み解く「インターネットの始まり、資本主義の終わり」という本を少しずつ執筆する中で、深く考えさせられることが本当に多いと思う今日この頃。社会の要所要所にいる団塊ジュニア世代が40歳に到達した今年、「日本を変えたい」と思う気持ちが強くなってきているのを感じる。団塊ジュニア世代の一番下にいる私としては、そんな先輩たちの気持ちに刺激を受けながら、自分が取るべき行動について正確に見極めて行動していきたいと思っている。沈思黙考。。。しかし、同時にアクションも起こしていかなければ。焦る気持ちを抑えつつ、今日も満員電車に乗り込むとしよう。
21 10月 2011
お台場の科学未来館で開催されたDigital Conten Expo2011 でのセッションはおかげさまで無事終了した。
当日の内容はDCEによりUst上で公開されているのでコチラからご確認頂けます。
詳細は上記をご覧頂ければと思いますが、個人的にはバランスよくまとまったのではないかと思っています。
国内と海外、民間と政府、国際機関からの意見、ソーシャルメディアを見つめる視点が変われば意見も変わりますが、震災とソーシャルメディアの関係は、今後も深まっていくべきだと思います。
最初は10分ほどのプレゼンを3人がそれぞれ行った。トップバッターでした。

会場の風景

最後には世銀の震災復興、防災についての試みについても説明をしました。

きずな未来塾を運営する佐々木博さんのプレゼンは視覚効果が高く、キレイで、プレゼン作るのがあまり得意でない私にとっては大変参考になります。
須賀さんは普段滅多に聞くことのない「政府側」から見た震災についてのコメントを吐露。
オーセンティックな表現で、メディアの注目も集めた。
モデレーターはアスキー総研所長の遠藤さん。
(撮影: 伊藤僑)
この日はレセプションに少し参加して、HINETの下期オフ会へ参加するため浜松町へ
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