25 2月 2012
先日ANAの親善大使として日本に招聘された全米で最も人気のあるポッドキャスト番組の一つ、GeekBeat.TVで彼らの東京滞在をフィーチャーする番組がアップされ始めました。
動画中で今回のイベントの立役者として紹介されたのは光栄の極み(笑)
今回の4人の親善大使はすべて、北米のソーシャルメディア最新事情を伝えた拙著「ソーシャルメディア革命」で紹介されています。興味がある方はぜひご一読ください! (最近また売れ始めているようです)
5 1月 2012
ふと気づいたら、年明けにアップした新年エントリーはこの意力(いちから)ブログの700本目のエントリーでした。
そして、それに気づく前に自身に誓ったことは「原点回帰」。僕にとっての原点回帰とは何か、それは「書くこと」である。人生で調子が悪かったり、しないといけないことから逃げがちになっている時に気づくことは、「あ、ブログしばらく書いてないや」(笑)
そんな時はまず、炭酸飲料水(コーラとかペリエ)を飲みます。そして、良い本を読むか、良い人に会います。でも一番利くのは、ブログファンからの「立入さん、最近ブログ書いてませんね~ いつも楽しみにして舞ます」の一言。 これは涙が出るほど有難い。一気にやる気湧きます。
今冬はこれまでの人生の中でも最大級のイベントが目白押しで忙殺され、一番書きたいブログでさえ後回しになってしまってました。でも思えばもう700本のエントリーを書き続けたわけで、本を三冊も出すことができ、一つの区切りを迎えているように思います。
年末、久しぶりに大阪の母の家で、家族や親戚、旧友たちと過ごしてみて感じるもう一つの原点回帰は「幼少期の思い出」。それは、例えばシングルマザーで育ててくれた母との貧しかったけれど楽しい思い出や、生野区という特殊な環境下で過ごした学生時代、大学受験や恋愛での挫折と世界への思い。これらも、結局は感謝につながる。そう、人生、前向きに進むには常に感謝の心が必要だと思います。
【今年】
本拠地ロサンゼルスにいるよりも、もしかしたら日本にいた時間のほうが長かったかも知れない2011年を振り返ると、東京での多くの出会いがあったことを思い出します。もちろんこれらは現在進行形で、今年もお世話になる方がたでしょう。
ということで唐突ですが、
私が2011年に「直接お会いした方に限定して」、今年のソーシャルメディア界隈を賑わすであろう注目人物を2012年にちなんで、12人ご紹介したいと思います。(順不同、これはランキングではありません)いずれも、グローバルな視点や活動で周囲に影響を及ぼしているインフルエンサーの方々で、彼らを追いかけている限り世界の動きからそう大きく外れることもないでしょう。
また世代が若いのも特徴で、今年以降(年代の定義にもよりますが)1000万人いる団塊ジュニア世代へのパワーシフトが進み、若手がより活躍しやすい場が生まれてくると信じます。
名前の横に、主に活動が期待されるフィールドも併記します。
1.津田 大介さん(ツイッター)@tsuda
昨年立ち上げたメルマガは大人気で、購読者数も激増中。「いつ寝てるんだ?」と思えるくらいのソーシャルメディア露出は、独自の政策メディア立ち上げへの本気度を感じさせます。Ust番組で、今もっともコンスタントに数字が取れる人物で、今年も日本のソーシャルメディア界の中核を担うでしょう。私も彼の活動を世界に広めるのをお手伝いしたいと思っています。(意力ブログでも取材予定!)
メルマガ:津田大介の「メディアの現場」
2.勝間 和代さん(フェイスブック)@kazuyo_k
知名度では圧倒的な経済評論家意の勝間さんが赤裸々に充実のプライベートをフェイスブック上で語っているのを見て、生き方の点で影響を受ける人は多いはず。勝間塾にChaboというビジネス的な活動だけでなく、バイクや船舶、ゴルフにゲーム、歌にダンスと活動の幅がものすごく広いのは圧巻。Authentic という言葉がぴったりの自己表現を続ける勝間さんの今年の活動に注目。
フェイスブックページ
勝間和代公式ブログ: 私的なことがらを記録しよう!!
勝間和代オフィシャルサイト
Chabo! 本で、もっと、世界にいいこと。
3. 関 治之さん(地理情報システム関連)@hal_sk
地味だが、着実に自身がやりたいこと、やるべきことを推進するというスタンスが伺える関さん。技術者としてだけでなく、人柄も魅力的です。東日本大震災の時にはUshahidiベースのSinsai.infoを立ち上げて、大貢献。爽やかな語り口が業界では人気でファンも多いとか。大学時代に地理を学んで、GISの授業などを取っていた地理マニアの私は、個人的にもとっても注目しています。
Georepublic 公式サイト
Sinsai.info
4.佐藤 慧さん(フォトジャーナリスト、報道)@KeiSatoJapan
スタジオアフターモード所属のフォトジャーナリストである佐藤さん。コンゴやザンビアを取材する若き青年の姿に、日本の若者の未来像を照らし合わせることは大きな救いとなりました。自身が母親を亡くした体験談や、アフターモードの他の仲間と一書に震災体験談を著した「ファインダー越しの3.11」は感動的な作品です。物腰は柔らかだが、意志は強く、またアーティストとしての顔をもつ、世界基準を目指す若者にとってのロールモデルになるような人物で、若手一押しです。
佐藤慧ブログ
スタジオアフターモード公式サイト
ファインダー越しの3.11(原書房)
5.イケダハヤトさん(ソーシャルグッド、ツイッター)IHayato
ソーシャルメディアのコンサルタントとしての力量もさることながら、ひたすら若手やソーシャルグッドに携わる方々を応援する視点には強い共感を覚えます。特定の支持層があり、ソーシャルグッド界隈でのツイートの影響力は津田さんにもひけを取らないかも。
ソーシャルウェブが拓く未来(ブログ)
6.市川 裕康さん(ソーシャルグッド、海外視点)@SocialCompany
グローバル、ソーシャル、起業をテーマに海外事情を追いかけるソーシャルメディア・コンサルタントの市川さんは、他のインフルエンサーとは一線を画す個性の持ち主で、癒し系(!?)ということもあり、独自のファン層をお持ちです。留学経験もあり、恐らく今日本在住の人物で海外のソーシャル事情に最も精通している人の一人でしょう。
現代ビジネス ソーシャライズ!
ネットスクエアード
ソシアレ(メルマガ)
7.江口 晋太朗さん(ソーシャルメディアジャーナリスト、ブログ)@eshintaro
元自衛官という異色な肩書きをもつ江口さんの視点は多様で、グローバル基準。軽いフットワークで、どんどんネットワークを広げていく江口さんの執筆活動から得られるものは大きいですね。リアルソーシャル(オフラインでも社交的であること)な人物の動向は今年のカギだと思います。停滞したドメドメ感満載の日本の風潮にも言いたいことがかなりある様子ですから、今年は熱いコメントも飛び出すかも知れません(笑)
現代ビジネス ソーシャライズ!
8.柿沢 未途さん(政治)@310kakizawa
ツイッター議員が多いと知られるみんなの党の柿沢さんの眼光は鋭く、構造改革にかける意気込みには揺るぎないものを感じました。禅寺での修行なんかについても、ぜひともお伺いしてみたいです。
みんなの党公式サイト
9.ジョン・キムさん(トーク)@kimkeio
メディア露出もどんどん増えているジョン・キム先生の魅力はその甘いマスクとされがちだが、実は注目すべきは日本人顔負けのトーク力と国際的な視野に基づく分析力。韓日英のトリリンガルでもあり、日本の国際化にはどうしても必要な人物であると感じました。キム先生のような方にこそダボス会議のYGLに任命されて欲しいですね。意力ブログも応援します!
ジョンキムの視点(ブログ)
10. 遠藤 愉さん(ブログ)@hortense667
言わずと知れた「秋葉系のグールー」遠藤さん。スティーブ・ジョブズやキンドルファイア、テレビの未来などについて語ったブログには100%同意できることが多い。ハードウェアにも詳しく、グローバルな視点でいわゆる「囲い込み」プラットフォーム論争を分析できる日本に数少ない逸材です。まだまだ実力や経験で先輩には及ばない我々団塊ジュニアは、遠藤さんみたいな方に後押ししてもらう必要があると思いますね。リアルであってもとっても個性的で、お茶目なところがステキです。
遠藤諭の東京カレー日記(ブログ)
アスキー総研所長コラム
11. 小倉 淳さん
元日テレのプレゼンターで今はフリーのアナウンサー。江戸川大学のメディア関連の学部で教授も務められています。我々の世代にはウルトラクイズでの活躍が記憶に鮮やかなところですが、この小倉さんがソーシャルメディアに傾倒されていることはあまり知られていません。日本発のコンテンツで世界を目指すメディアハブとなることを標榜してつくられたJPLIVE.TVは、その品質と視点で今年のソーシャル番組の台風の目的な存在となるでしょう。私が個人的に注目しているのは、初回に中田宏元横浜市長をゲストに招いて放送された「今夜も築地テラスで」です。
小倉淳Official Website
JPLIVE.TV
12. 上念 司さん
上念 司さん(執筆、講演、経済界)@smith796000
勝間さんのパートナー、経済政策に関する過激な物言いには賛否両論別れるものの、確実にその影響力は各界に浸透しているのが東京にいるとよく分かります。新年会でもお会いしましたが、注目すべきは現在執筆中の財務省の歴史をまとめた本のよう。本人曰く、それを読むと実は上念さんは財務省に熱いエールを送っているのがよく分かるとか。私は経済の専門家ではないので、理解できない話も多いのですがいつも熱っぽく語られる様に酔いしれます。上念さんに限ったことじゃないですが、皆さん、リアルで「オフレコ」で会ったほうが100倍面白いですね。
上念司著作リンク@アマゾン
(番外)
東浩紀さん(グーグル+、執筆)@hazuma
ゼロアカ世代の思想的リーダーとしての中核人物で、熱狂的なファンも多い東浩紀さんは去年も思想地図βや一般思想2.0などの出版で大活躍されました。今最もお会いしたい人物の一人ではありますが、残念ながら昨年はお会いできなかったので、番外とさせて頂きました。特に一般思想2.0は私が現在執筆中の幾つかの本のテーマとして学ぶことが多く、参考にさせて頂いています。ソーシャルではツイッターやGoogle+での発言に注目しています。津田さんとの絡みも楽しいものがあります。
鈴木光司さん
日本一のホラー小説「リング」の原作者である鈴木先生との出会いも、とんでもなく貴重なものでした。残念ながらソーシャルではあまりアクティブではないので、次点とさせて頂きましたが現在新しい小説を執筆途中からメルマガで公開されるという画期的なことをされています。しかもその内容は「リング」と「らせん」の間に起こった出来事で、クラウドコンピューティングが関係してくるとか。ファン必見!
「貞子」作家 鈴木光司の”現在(いま)を生きよう”
渡辺 成明君 @watanabena
知る人ぞ知る、意力ブログのインターン。ソーシャルメディア界でも、ブロガーのインターンをしている人物はそうそういない、ということで私の講演イベントや打ち合わせには積極的に参加してくれている。果たして「就活しない」戦略は効を奏するのか!?
1 1月 2012
どこでも言われてることですが、本当に2011年は激動の年だったと思います。
めまぐるしく変化する環境の中で、一年先の展開が読めないという状況が個人的にも何年も続いていますが、まさにそれこそが世界情勢の反映じゃないか、とか勝手に考えてます。
過去や未来にとらわれることなく、「今を善く生きる」ことで、未来もどんどんいい方向に変わっていく、そう思いながら日々生きるようにしています。
昨年は、仕事面においてはディスカヴァー・トゥエンティワン社から本も二冊出版でき、ブログも最高アクセス数を記録しました。AAJA-LAの理事や、PFCの親善大使への就任も大きなニュースでしたが、何より20年越しの悲願である世界銀行という国際機関のソーシャルメディア広報担当に就任するという大イベントがありました。
プライベート面でも7年越しの手続きで、家族揃って米国永住権を取得できました。本当に多くの方にご支援頂きまして、感謝をとても一言では言い尽くせません。
辰年の今年は、意力ブログのリニューアルも考えています。その第一弾として、新たに意力ブログのロゴを作り直しました。
画像にあるのがそれですが、これは神戸在住の書「働」家の薛翔文(せつしょうぶん)さんの手によるものです。
薛翔文(せつしょうぶん)さんの公式サイト
薛さんは世界に書を広めるための普及活動にも尽力されており、今月の15日にはボストンのBoston Children’s Museumにてパフォーマンスをされるそうです。力強くて躍動的な新しいロゴで、心機一転頑張りたいと思います。
最後になりますが、しばらく日本に住んでみて、日本再生には、団塊ジュニア世代のリーダーシップ、そして国際的な視点が必要なのではないかとの思いを強くしました。今年は日本での活動が主になりますが、お世話になった方々に恩返しをすると同時に、社会への恩返しという点で、震災からの復興に向けても自分なりのカタチで貢献していきたいと思っております。
本年も意力ブログ、そして公私、家族ともども、どうぞよろしくお願いします。
立入 勝義
5 11月 2011
週末は帰省する予定だったが、急遽変更して、諸々の用事をこなす。
東野圭吾本を二冊読了。「学生街の殺人」と「聖女の救済」。両書の執筆時期には何と21年の差がある。
ツイッターで読後に感想をつぶやいている「東野圭吾イッキ読みシリーズ」もあと10冊を切った。思えば、(マンガ以外で)ここまで一人の作者の作品を読み込んだことはなかった。(というか全作品を読もうなんて思ったのも初めてだ)
都内のワンルームマンションに住み、普通に満員電車で通勤をする日々を数週間続けてみて、いろいろ見えてくるものがあると思ったのは前のエントリーでも書いたとおり。これまでは海外在住の視点で本を書いていたが、いわゆる団塊ジュニア世代の一日本人として書いてみるのもいいのじゃないかと思い始めている。(といえば、偉そうに聞こえるかも知れないけども、やはり日本に住んでいるのと海外に住んでいるのとでは視点が異なって当然なのだ)
たまたま職場の近くで見つけたブライアンソリスの「新しいPRの教科書 ソーシャル時代に求められる「知」と「技」(原題:Putting the Public Back in Public Relations)」は素晴らしい書籍だと思った。しかし、視点がやはりアメリカ目線なので、なかなか日本では受け入れられないようだ。
では、今の日本に求められている書とは何なのか。電子書籍なんかで揺れる今の日本の出版界はそれを必死に追い求めているのだろう。
せっかくしばらく日本にいるのだから、それについても僕の視点で何か書いてみたい。「インターネットの始まり、資本主義の終わり(仮題)」はなかなか硬い本だからそうは売れないだろう(というか版元が見つかるかどうかも定かではないが)から、ソーシャルメディアをテーマにということで。しかし、ソーシャルメディアの本はそもそもが売れていないようだ。これについても言いたいことはいろいろあるが、一言でいうとまだ本当の波が来ていないということなのだろう。しかし、電子出版よりもソーシャルメディアの波は早く来そうだ。そして、それは各企業の広報を巻き込むものだからスケールが大きい。そう思いながら考えてきて、一つアイデアが湧いた。
それは「人間力」とか「生きる力」に焦点を定めるというもの。できたら特に若者(16~24歳)に対して何かを訴えかけるものにしていきたいと考えている。ブライアンの本を読んでも明らかだが、ソーシャルメディアを考える上で重要なのは「個性」である。では、この個性をどうやって磨くことができるか。今の日本が没個性化している理由はいくつも思いつくが、それを打開するには「視野を広げる」ことだと思っている。それは選択肢を増やすことにつながる。義務教育を終えて、進学校に入り、大学受験と就活を経て一般企業に入社して、東京で働く、それ自体は何も間違ってはいないが、みんながみんなそれでは個性がアピールできない。
スティーブ・ジョブズが起業家として素晴らしいと思うのは、彼はひたすら個性を追求して、苦難を何度も超えたところだ。(ところで、僕は彼がいわゆる「企業利益」の枠を飛び越えて世界の変革のためにもっと大きなことができたのではないかと思っていて、それを社会が彼に対してさせてあげられなかったことが残念だと思っている。あれだけの「パッケージ力」と絶大な影響力をもった彼なら、世界から貧困や飢餓、紛争を無くすことにも類まれない力を発揮できたのではないか、と)
よく「引き出し」という表現が用いられるが、とどのつまりは、彼のスピーチが人を感動させるのはそこに裏打ちされた実績があるからである。例えは少し変わるが冒頭の東野圭吾にしたって、恐らく彼の人気を支えているのは彼が20年間も不遇の作家生活を余儀なくされていたところである。人は成功そのものには羨望を抱くが、共感を抱くのは「成功の裏側」に触れた時なんじゃないだろうか。
あぁ、この人も自分と同じ人間だったんだ、そう思うところに人間らしさがあり、共感の素になる何かがある。
では共感が生まれるのはどういう場合か。
定義の通り、「共通項」を相手に対して見出すことができる場合となる。だから一般的には「生まれながらにしての億万長者」よりも「貧乏からはいあがった大スター」に共感を得るものだ。
そして、これだけストレスの多い社会に生きる日本人は「不遇」に悩む人に対する共感のレセプターのようなものをもっていると思う。ビリー・ジョエルのピアノマンという歌には、「もしここから離れられたら、映画スターにでもなれるのに」と嘆くバーテンダーがでてくるし、僕が高校生の時からずっとJPOPのトップに君臨するB’z の Pleasure ~人生の快楽~ というシリーズ曲にも「もし生まれ変わったらなんて、目を輝かせて言ってたくない」という歌詞がでてくる。日本でバーチャル文化がやたら反映し、斜めな視線の「リア充」なんて言葉がでてくるのも、日本の「国民総幸福量」が低いからなんだろう。
だから、人の成功そのものには共感できないが、「苦労した」人に対してはエールを送ることができる。逆に言うと、相手の苦労が見えなければ、つまり不遇な人生を送った人に対してでなければ、簡単にその人の成功を喜んであげられないという、ややひねくれた精神が垣間見える。昨夜は女子バレーをやってたが、苦労無くして一流になどなれるわけがないスポーツで国民が一丸となれるのは、まさにそれだ。そして、一方二世議員なんかに対してとかく批判的な意見が出るのは、その人たちが生まれながらにして特権階級にいるように見えるからだろう。事実はどうでもいい。(もちろん、当人にしてみたらものすごい苦労している場合もあるだろう)
このあたり、日本を呪縛しているのは「蜘蛛の糸」の物語だと思っている。芥川龍之介の時代以前から世の中大して変わっていないのだ。
僕が「視野の拡大」を目指す理由はここにあるのだが、論じたいのはこの部分ではない。
では、なぜ日本は「飢餓や紛争に苦しむアフリカの民」に対して、同じような共感をもてないのだろうか。あるいは起業・独立を目指して努力したり、苦しんでいる人々をサポートするような社会意識が根付かないのか。
僕はその答えが「共感」レセプターの受容力低下にあると思っている。
「日常性の壁」理論ではないが、やはり普段の生活の中で接点が無いものに対しては、共感を得られない。それこそが戦後の経済復興で焼け野原から復活した日本が失ってしまったものである。よく「平和ボケ」という言葉が用いられるが、人は平和になると自分から争いを求めるようなことはしなくなる。しかし、世界はまだ平和じゃないのだ。昔は文学が、そして後に映画などがその共感作りに貢献していた。肌の色や言語が異なっても、「同胞」という意識があれば、時代や場所を超えても人間は痛みを分かち合うことができるはずなんだよね。講演なんかの際に話すことがあるが、僕にとってのその体験は中学校の時に行った「アウシュビッツ展」や「731部隊展」、そして高校生の時に体験した「盲学校の文化祭へのボランティア」でした。五体満足にいれることに感謝をした瞬間が、共感レセプター作成の原体験。
大体G20で経済危機が叫ばれるように、世界の先進国も、そして日本の社会そのものもそれほど平和ではなくなってきている。
例えば東京には昔よりも「生活難民」のような人が増えているように思う。極度な東京一極集中がもたらしたものは、選択肢の搾取であったのではないか。そして、それに一番気づいているのは東京に住んでいる地方出身者ではなくて、東京に生まれ育った方々だ。最近よく「なんで東京なんかに住むんだろう」という言葉をそういう方々から聞くようになった。彼らは自身で「選択」をすることなく東京にいるわけだが、自ら東京を選択してきた人々の思考について疑問視する部分があるのだろう。
そう言うと、「みんな東京に来ることを選択しているじゃないか」という反論がありそうだが、そういう向きにはマーク・トウェインの「人間とは何か」の議論を思い出して頂きたい。一見自分で選択しているようでも、実は反射運動を繰り替えすだけの「機械」になってしまっているということがあるもの。
ソーシャル時代は個人の情報発信の時代である。コンテンツは自分自身だ。
ブログ一つ書くにも独自の視点と個性、表現力が必要とされる。しかし、それは他の大多数と同じことをしていたのだと何も発信することがないということになる。埋没してしまうだけだからだ。共感は得られるかも知れないが、独自の視点がないと今度は「支持」が得られない。支持がなければ、ソーシャル時代では独立していけない。もちろんビジョンも重要であり、それは自身のインフルエンサー度が高くなればなるほど、求められていく。(その点で、僕は津田大介さんが日本のソーシャルメディア界を代表して政治メディアを作ろうとしている動きを積極的に応援したいと思っているし、世界にも伝えていきたいと感じている)
そんなことを考えながら、実はとんでもない貧乏生活と苦労続きだった幼少時代に形成された自我をそのまま引きずって、「普通」じゃない生き方を選び続け、リスクを取り続けた自分の人生をシェアしてみるのも、若者に対する気づきのきっかけになるのではないかと思い始めた今日この頃である。
やっぱり、じっくり書きこむ時間が欲しいなぁと思う反面、少しぬるま湯の心地よさを感じ始めている自分の甘さを実感している週末の一日。
3 11月 2011
日本に来てもうすぐ一ヶ月になる。
以前東京で単身赴任生活をしていた時は出社が10時からだったので、あまり混雑していなかった。
だから今回の日比谷線の朝のラッシュは「東京で通勤している」感たっぷりである。
(まだあまり慣れてないので、大抵2,3本はスルーしてしまう)
ソーシャルメディアを巡る動きに注目する中で、日本人の通勤ライフスタイルにスマホがどれだけ大きく関係してきているかということもよく分かる。また、いざ日本でスマホやデジカメを探してみて思ったのは日本では型落ち製品がとても安くなるということ。(結局ドコモをキープしつつ、AUのHTCEvoを無料で購入) iPhone率はかなり高く、最近は会食の場などで他の出席者がみんなiPhone 持っているなんてことがよくある。(iPhone4S はバッテリー問題でOSがアップデートされるとか)
経済問題の動向ではギリシャや政府の為替介入、TPPなど気になる問題が目白押しである。大阪のダブル選挙の行方ももちろん気にかかる。
スティーブ・ジョブズが「神」に祀り上げられる一方、どう考えてもフリーランスや零細企業に対する風当たりは冷たいようにしか見えない。日本には年齢認証やパチンコなどグレーゾーンが一杯あるにも関わらず、どうも時間とお金にはめちゃくちゃ厳しい傾向があるようだ。これじゃリスクを取る起業家は一向に増えていかないだろう。規制緩和をするところを見極めて欲しい。
1970年から2010年までの間に起こった出来事を経済、環境、政治、宗教、ITなどの観点から読み解く「インターネットの始まり、資本主義の終わり」という本を少しずつ執筆する中で、深く考えさせられることが本当に多いと思う今日この頃。社会の要所要所にいる団塊ジュニア世代が40歳に到達した今年、「日本を変えたい」と思う気持ちが強くなってきているのを感じる。団塊ジュニア世代の一番下にいる私としては、そんな先輩たちの気持ちに刺激を受けながら、自分が取るべき行動について正確に見極めて行動していきたいと思っている。沈思黙考。。。しかし、同時にアクションも起こしていかなければ。焦る気持ちを抑えつつ、今日も満員電車に乗り込むとしよう。
5 10月 2011
アップルの会長、そして偉大なるイノベーターで経営者であったスティーブ・ジョブズが9月9日に膵臓がんで他界していたとGizmodoやWSJなど複数のソースが伝えた。享年56歳。(注意:現在逝去の日付が確認できるのはGimodoのみどうやら前回の噂が上がった時に作成したエントリーをそのままアップした様子 よくあることですが)
(訂正:Gizmodoはその後エントリーの日付を訂正 October 5th, 2011 -> Today )となった様子)
下記はTech Crunchに上がったアップルの役員会からの声明
Statement by Apple’s Board of Directors On The Death Of Steve Jobs
Steven Paul Jobs was 56. He died from advanced pancreatic cancer that he had been publicly fighting since 2004. He, along with co-founder Steve Wozniak, built one of the most “commercially successful” personal computers and founded Pixar animation studios.
We are deeply saddened to announce that Steve Jobs passed away today.
Steve’s brilliance, passion and energy were the source of countless innovations that enrich and improve all of our lives. The world is immeasurably better because of Steve.
His greatest love was for his wife, Laurene, and his family. Our hearts go out to them and to all who were touched by his extraordinary gifts.
You can share remembrances with Apple at rememberingsteve@apple.com.
Do not therefore consider this life as an object of any moment. Look back on the immense gulf of time already past; and forwards, to that infinite duration yet to come, and you will find how trifling the difference is between a life of three days and of three ages.
Let us then employ properly this moment of time allotted us by fate, and lave the world contentedly; like a ripe olive dropping from its stalk, speaking well of the soil that produced it, and of the tree that bore it.
-Marcus Aurelius, Meditations
この声明は10月5日付で発表されていますので、10月5日(水)に亡くなられたことになります。
1ヶ月ほど前だったか、同じようなニュースが一瞬流れたことがあって、デマだったのがすぐに分かったんですが、今回はホントのようです。信じたくないことですが。。。
Steve Jobs is dead. The Apple chairman and former CEO who made personal computers, smartphones, tablets, and digital animation mass-market products passed away today. We’re going to miss him. Deeply, and personally.
Steven P. Jobs passed away on
Friday, September 9thOctober 5th, 2011 after a long struggle with pancreatic cancer. He was just 56 years old. We mourn his passing, and wish his family the very best.Let’s address this up front: Gizmodo and Steve Jobs had, at best, a tumultuous relationship. Yet no matter how much he may have hated us, we admired him.
No, that’s not quire right. We loved him. (Gizmodo)
<追加>
Message from Tim Cook CEO “The Email From Tim Cook, Apple CEO, To Apple Staff”
実は9月9日に亡くなってたんですね。ほぼ一ヶ月間、内緒にされてたということですか。
Apple’s Steve Jobs Is Dead (WSJ)

Steve Jobs Is Dead (Gizmodo)
Steve Jobs Has Passed Away (Tech Crunch)
Jobs, Apple Co-Founder and Visionary, Is Dead (NY Times)
Steve Jobs Dead: Apple Co-Founder Dies At 56 (Huffington Post)

先日の’Let’s Talk iPhone’イベントは最後の餞(はなむけ)だったのだろうか。誠に惜しい。
ちょうど今執筆中のインターネットと資本主義の話はスティーブ・ジョブズに関連するエピソードから始まる。(合掌)
彼には資本主義の枠組みを超えて、もっと世界の人々のためにリーダーシップを発揮して欲しかったです。
こちらに入った噂ではすい臓がかなり悪く、前回ダウンした際にとんでもなくウルトラCの手術で回復したというのがありました。真相はわかりませんが、偉大なる起業家のご冥福を慎んでお祈り申し上げます。
お詫び*本エントリーについて、Gizmodoが当初発表した死亡日(9月9日)を前提とした速報を流してしまったことをお詫びして訂正いたします。
(*追加怪情報 )
実はLA一の情報通とも言われているPOPJNEOの市村社長から下記のようなテキストメッセージを当日に受けていました。指摘されて確認してみてびっくり!(汗) 市村氏は20年来のマックユーザーとして喪に服されるとのことです。ちなみに当日はアメリカでスティーブ・ジョブズ死亡説があちこちで流れました。
24 9月 2011
次世代型電子雑誌を目指すSocial Media Life Japanの創刊準備号に寄稿いたしました。
詳しくはコチラより
Social Media Life Japan とは
「Social Media Life Japan (ソーシャル メディア ライフ ジャパン)」は、日本でも近年利用者が急増しているソーシャルメディアをテーマに掲げた電子雑誌です。twitterやFacebook、mixiなどのソーシャルメディアを、日々の生活やビジネスへ積極的に活用して行くための多彩な情報を提供していきます。
創刊準備号、創刊号で私たちが取り上げることにした特集は、「震災とソーシャルメディア」。東北から関東に及ぶ広大な地域に甚大な被害を与え、多くの尊い命を奪った東日本大震災では、情報通信網も大きな打撃を受けました。家族や知人の安否確認をしようにも電話は不通となり、メールすら届かない危機的な状況に陥る中で、唯一機能したといわれる情報通信手段がソーシャルメディアだったのです。
そこで、Social Media Life Japanでは二号連続で、東日本大震災においてソーシャルメディアがいかに活用されたのかを振り返り、様々な角度から考察を深めて行きたいと思います。
17 9月 2011
ツイッターでもつぶやいたのだが、ここのところIRSの監査対応に追われてかかりっきりになっていたおかげでブログの更新も滞ってしまった。ようやく終わりそうなのだが、さすがにマフィアさえも恐れるというIRSだけあって手強い。
いい執筆のネタができたとポジティブに捉えるようにしている(笑)
さて、先日タイム・ワーナー(旧AOLタイム・ワーナー)のアメリカの老舗テクブログサイトのTech Crunchを巡っては創業者のMike Arlingtonが辞任したことが話題になっているが、今度はエディターの一人Paul Carrがブログのエントリーで辞職を発表し、それに対して新CEOのErick Schonfold が公開書簡でそれを受理するという動きになっている。ここまできたら子供の喧嘩である。(最近のサムスンとアップル、そしてグーグルの争いもそれに似た様な趣があるが。。)
Paul の公開退職届
I’m Leaving TechCrunch. Here’s Why.
Erick からの返信
Paul, I Accept Your Resignation
Paulによると同じく同社に先日買収されたばかりの社会派ブログサイトハフィントン・ポストの代表であるアリアナ・ハフィントンがErick の選任をサポートしたという。このErick に対しては旧CEOのMikeが先週SFで開催されたTech Crunch Disruptの優勝者(Shaker)を決めるのに「Mikeの声は反映されていない」というコメントをしたことに対して「事実と違う」と反論。アリアナが上位にたったことで発生しているとMike が訴えた「記事の中立性が損なわれる」という部分についても反論があるようだ。
このTech Crunch劇場は今アメリカのソーシャルメディア界を震撼させている。
もとはMikeが創設したVC事業に対して、「メディアの中立性が損なわれる」という指摘をしたNew York Timesの記事が発端となりTCの立役者であるMikeの辞任という形で表面化したこの問題だが、正直トラディショナルメディアのやっかみという風に捉えられなくもない。ブログメディアをこれまでのメディアと同じ土俵に持ちあげようとするのはNYTほどの歴史のあるメディアのやることなのだろうか。大体、そもそもメディアは広告で成り立っている時点で「中立性」など損なわれているではないか。
また、記事の影響度という話をするのであれば、例えばエディターが記事を書くときには一人ひとりの401Kなどの年金プランの内容までチェックすべきだ、ということになる。
少し時間ができれば、この辺りしっかりまとめて記事にしたいと思っている。渦中の人であるMikeやSanta MonicaにいるAlexia あたりへの取材なんかもできたらいいのだが。
個人的にはPaul Carr の文章はエディターらしい語彙と表現に溢れており、皮肉たっぷりで非常によく練られたものだという印象がある。もちろん記事の影響力を知ってのものだろう。一方Erick の文章はいたって平易であり、何の面白みもない。そういうわけでコメント欄にはものすごい数の反響が寄せられている。英語の勉強にもなると思うので、一読をお勧めしたい。
PS: Mikeさん、Shakerの優勝に関わっていないというのだったら、そちらのほうがあなたの名誉のためだと思いますよ(笑)
11 9月 2011
追悼のブラックリボン。あの頃僕は日本にいて、最初の飛行機が激突した直後の映像をリアルタイムで見てました。
今日ほど、「何も」起こらなかったことにアメリカ人が感謝した日は久しくないんじゃないかと思いました。
5 9月 2011
匿名社会の時代からデジタル村社会の時代へ という題で寄稿をしました。
先日来ブログやツイッター上で話しているように、サイバースペース上の環境問題という視点を専門的に扱っていきたいと考えるきっかけとなった寄稿でした。日本的には環境社会学(検定まであるんですね 笑)という分類になりそうなので、日本での思想的潮流も理解しておきたいとは考えていますが、特にソーシャルメディアに関してはアメリカの方が議論が進んでいるので、主にそちらから情報を取って私なりに分析していきたいと考えています。現在ウィキペディアをテーマにしたものが一冊、そして「資本主義とTOKYO文化」をテーマにしたものが一冊執筆予定。(後者は版元が決まってませんので、ご興味のある出版社の方はぜひご連絡を)
環境学を考える時の主要テーマは「持続可能な発展」と「多様性」であり、これはサイバースペースでもソーシャルメディアの世界でも変わりはありません。先日読み終わった稲葉振一郎氏の「経済学という教養」で結論の一つに挙げられている「知的分業」はウィキペディアに直結する内容です。そして、全体的な教養の底上げをするにあたり各自が専門分野を持つこと、という意見には全く同感。
ここからさらに現代の日本が抱えている「TOKYO文化」の内情と課題についても深く突っ込んでいきたいと思っています。
各自が専門分野を持つ必要性についての最大の理由を稲葉氏は「他人の「専門知識」に対する尊敬の念を持てるようになること」と指摘しています。ここに秋葉系と草食系の決定的な違いを見るのは私だけでしょうか?
(奇しくも世界で一番最初にインターネットがつながった大学である)UCLAを99年に卒業した後、2000年に帰国した私は英語を使う仕事が少なかった大阪で就職活動をするうちに縁あって、コンピュータ・ハードウェアの業界にバイヤーとして入ることになり、強烈な「秋葉系」の洗礼を受けました。しかし、それは後の私自身にとって大変貴重なスキルと「視点」をもたらしてくれたと思っています。
(初日にパーツの箱を目の前に積み上げられて自分でPCを組み立てろと言われた時にはびっくりしましたが)
その他にもアニメやゲーム、アイドルなど複数のジャンルを抱える秋葉系はその後も日本の一部の消費社会をサポートしてきました。
実際に「Dパラ」や「Jぱら」というお店でも働いてみて思ったことは、彼らの中にある「スキルと知識」に対するレスペクトでした。
そこは年齢も肩書きも外見も、そして下手をすると社会的常識すらも関係ない、ただ力だけが支配する「弱肉強食」の世界だったのです。「知ったかぶり」はある程度は許容されても、「嘘」は通じません。そして各自が自分の専門分野(コア)を持っていて、それを名乗るのが重要だったりします。「私は○○オタクです」と名乗ることにより、自身の素性を明らかにし、互いの専門分野に対しては敬意を表するという世界であるように思いました。(もちろん互いの専門分野が被った場合には激しい会話のやり取りの中で、互いのランクを見極めるみたいです。まるで戦国時代みたいです 笑)
しかし、最近「植物系」に転化していっているとも言われる「草食系」の世界にはこの競争の概念が存在しません。(草食なんだから当たり前ですが)秋葉系を支えていたのは飽くなき向上心だったと思います。そして、互いがスキルや知識に敬意を表することで得られる満足感がそれを支えていたのではないでしょうか。「スゲェ~」とか「さすが~」って言われるのは多くの人にとって快感です。草食系にはそれがありません。これは逆に言うと相手に対して敬意を評していないどころか、単に無関心であるということを指すのかも知れませんし、更に突っ込めば単に「傷つきたくない」という思いからきているのかも知れません。
私の中でTOKYO文化とは、土着の東京の文化ではなく、その一極集中により活性化した人口集中の中で生まれた現代的日本文化のことを指します。それが良いとか悪いということではなく、在外邦人の立場でそれを客観的に分析して、(日本に住んでいる)日本人には見えにくい視点を提示していきたいと考えています。うまくまとまればいいんですが。