Archive for the 「 電子ブック開国論(出版済) 」 Category

これだけ市場に電子ブックリーダー端末が溢れてきてはいるものの、やはり本命はKindleとiPadだ。根拠は言うまでもないだろうが、モノづくりのコンセプトがまったく違うからである。iPodVSMP3プレーヤーの時に起こったことと同じことが、今回は二強である。

中国を除いた世界市場においては、この二強がこれから世界でどんどん目立っていくだろう。アマゾンは本業が書店なだけに、電子出版において自分たちが苦労して築いた牙城をアップルに譲り渡したくはないと考えているだろう。そのために考えられるのはキンドルを改良することもそうだが、アップル端末を取り込んでいるのと違う通信キャリアと組むなどして、キンドル携帯などのプラットフォームを出すことが考えられる。もともとアマゾンはハード屋ではないため、ハードの開発にかかるコストとアップルという強力な競合がいることを決して過小評価はしてこないと思う。一方アップルは電子出版だけを見ているわけではなく、ユーザーを取り囲むためにサードパーティを惹きつける環境を提供し続け、どんどん魅力的なコンテンツを提供するだろう。つまり両者共に目指すところはユーザーの囲い込みであり、サードパーティ(電子出版の場合は出版社か書き手)の囲い込みである。つまり市場は消費者を中心に動いていくことを十分に理解しながら、ある程度の自由度を常に消費者にもたせ、あたかも自身で選択をしているかのようにみせつつ、大枠では消費者を自分たちが連れていきたいところに連れていく。特にアップルに関してこの行動があまりにも見事であり、行動が常に世界戦略である。世界中の大きな市場でこの両者の進出を許していないのは中国くらいだろう。(*注 アマゾンは8月28日にリリースされる新型キンドルで中国語フォントに対応することを表明した。中国市場に参戦するかは不明)

(Kindleは未進出、iPhoneはほとんど売れていない。詳しくは中国についての項目を参照のこと)並大抵の努力ではこの両者に立ち向かうことはできないのは誰の目にも明らかだ。では、そんな可能性がないかというと、まだ諦めてしまうには少し早すぎるのかも知れないと筆者は考える。では、日本が提供できるソリューションとは一体何なのだろうか。下記はこれまで筆者が考えてきた理想的な電子ブックリーダーのスペックだ。賛否両論あるだろうが、とりあえず具体的な形を示さないと議論にも進みそうにないので、非難を覚悟で敢えて提案してみたい。

まずはサイズ、これはできたら二段階くらいで考えてもらいたい。熱狂的なガジェットマニアとして知られる高城剛氏がブログで指摘しているように日本人のライフスタイルにあった手ごろなサイズ感が必要だ。
価格は最初は24800円、手ごろになってくるのは12800円を切ってくるくらいだろう。(*この文章は4月の時点で執筆されたものです)
ハードメーカーはシャープか東芝のように現在開発しているか、あるいは以前に電子手帳やPDAなどでいいモノをつくった実績のあるメーカー、あるいはカシオやセイコーなどの電子辞書メーカー3Gキャリアはソフトバンク。何故かと言うと経営者がまだ創業者だからだ。これから二大競合を迎えて戦っていくのに、迅速な意思決定ができないのは致命的である。

書店は今やアマゾンを追いかけて世界2位のイーコマース会社である楽天が適切だろう。代表の三木谷氏も創業者であることだし。(注: しかし、正直先日のBUY.COMは頂けなかった。筆者ならその後しばらくしてアマゾンに買収されたWOOT.COMを徹底的に押しただろう)

で、ハードはさておき中身の議論に入ろう。(続く)

電子ブック開国論 34 35 36 へ

話を元に戻そう。この話が電子出版と何の関係があるのか。それは電子出版の話になると決まってでてくる「電子ブック」や「イーブックリーダー」みたいな新しい単語である。多くの日本人は極めて保守的ないわゆる”LateAdapter”(レイト・アダプター)であり、彼らは先進的な”EarlyAdapter”とは異なり、新しいデバイスなどには心理的な抵抗を感じることが多い。(恐らく携帯電話もセル・フォンみたいな名前で最初にマーケティングしていたら普及が遅れていたのではないだろうか)マーケティングでは俗にバズワード(BuzzWords)と呼ばれるこれらのキーワードがむしろ日本の電子出版の開国に歯止めをかけている部分があるのではないかと筆者はにらんでいる。人間はこのような状態にある時、ついついその心理的な抵抗感や嫌悪感などから、過去の例を持ち出してすぐに拒絶をしようとすることがある。電子出版の話をしたら途端に「日本では流行らないからなぁ」と返すような手合いはそういうことからではないだろうかと考えるようにしている。もちろん過去にソニーのLIBRIeなどを含むいくつかの製品が失敗に終わっているし、これまで市場に普及してきていないのは事実なのだが、例えば日本のネットオークションでは先行していたサードウェーブのMYTRADEやSNSの「この指止まれ」(略称ゆびとま)などが後発のヤフオクやミクシィに負けてしまったということなど、過去の失敗がそのまま将来の失敗となる保証はどこにもないのだ。

逆に言うとそれくらいタイミングの問題というのが大きいことも事実で、せっかく格好のタイミングが訪れても、このような心理的な障壁で、言ってみれば「食わず嫌い」のままで二の足を踏んでいる状態があれば、そのチャンスをむざむざ逃がすことになる。なので、この壁を取っ払いたいという目的で話すとするならば、実は日本にはすでに「電子ブック」は存在する。そして、その市場規模は世界一で、この本を読む多くの人も実際に手にもったことがある。それは何か、電子辞書である。エンジニア出身のEBook2.0フォーラム主宰である鎌田氏によると、日本には電子辞書のマーケットが300億円以上の規模で存在するようだ。これら多くの電子辞書は複数の有名辞書を搭載している。しかもその内容も英和・和英に始まり、国語辞書、漢字字典、諺辞典など多彩になっている。もっともこれらは専用端末であり、もちろん3G回線もインターネット連携の機能も搭載されていないのだが、それは簡単な話である。しかしすでにぬるい既得権益に浸っている大手業者ここでも恐らく画期的な次世代機種に移行しようとは考えないだろう。黙っていても買い替えが発生し、学生が進級したり進学したり、あるいは就職するたびに儲かるおいしい市場だからである。しかし、丸山真男の言葉を借りる訳ではないが、「権利の上に眠る者」の利権はそうそう続く世の中ではなくなっている。後に理想のリーダーの章で述べるような製品が現実化した際にはあっという間に消えてなくなってしまう可能性を含んでいるのだから。

イーブックリーダー比較表
(表 割愛)

電子ブック開国論 33 34 35 へ

8月20日、立入勝義は書き下ろしの「Ning イチから」のシリーズ第一弾「Ning イチから 入門編」を、書籍と電子ブックでWANANN,Inc.(米国ロサンゼルス)より発売予定。(少数だがプリント版も発行する予定)

NingはシリコンバレーのPalo Alto発のIT会社で、簡単にSNSを構築できるサービスを提供している。Ningの公式発表によると、Ningにより構築されたネットワークは全世界で200万を超えており、既存会員は4000万人以上。

Ning社のロゴ

Ning社のロゴ

この「Ning イチから」は意力監修の解説本としては最初の作品で、<入門編>・<基本編>・<応用編>の三部構成となっている。定価は各20ドルと設定されているが、8月10日(米国時間)より入門編を半額の10ドルで先行予約の受付を行う。
これまでNingの解説本はほとんど出版されておらず、この「Ning イチから」シリーズは7月20日の新料金体系以降後、世界で初めて販売される「Ning本」である。

SAKURA Internet USA, IncではNingの構築支援サービスも手がけており、これまで20以上のNingネットワークを構築してきた。
本シリーズでは、これらのネットワーク構築から得られたNingの徹底活用方法を、実例と画像、構築例をふんだんに取り入れたレイアウトで紹介している。
入門編はNing初心者向けのサービス紹介、基本編では実際にNingネットワークを構築するための手順や注意点、活用方法など、そして応用編ではこれまであまり語られてこなかったNingを活用した収益モデルの構築についての具体的な例やアドバイスを詳細に行っている。

同書の内容は下記の通り

Ning イチから <目次>

Ningとは 5
Ningの概観 7
Ningの歴史 12
<大規模な方針転換> 12
<新料金プランの導入> 12
料金プランについて 14
従来のプラン(旧プラン) 15
<新プランについて> 17
1. Ning Mini 17
2. Ning Plus 17
3. Ning Pro 18
新料金プランの詳細比較表 19
あなたにお勧めの料金プランは? 20
Ningタイプ別フローチャート 21
SNSとは 22
Ningでできること 26
他のSNSとの違い 46
Ning上にあるお気に入りのネットワークを探してみよう 48
Ningの特色 52
サインアップとサインイン 60
コラム1 64
コラム2 65
コラム3 66
コラム4 67
コラム5 68
コラム6 69
コラム7 70
コラム8 71
ネットワークに参加してみよう 72
基本編について 78
応用編について 80
クレジット 82
発行元: Wanann, Inc.
著者: 立入勝義

今すぐ予約する方はこちら↓ (発送は発売日に先着順にお送りします)


電子化の先例実は日本ではとっくに普及してた電子出版~発想の転換

発想の転換というのは非常に重要であると思う。これは筆者が最近傾倒している禅の思想にも通じるのだが、人間はともすれば自身のルーチン化あるいはマンネリ化した社会生活の中で、知らず知らずの内に固定観念に支配され、そのことに全く気づかないでいるということがよくある。本書の目的は電子出版についての筆者の体験談の共有と市場全体のちょっとした啓蒙貢献であるので、脱線と思われるのを承知で少しこのことについてまず触れたい。

例えば英語である。筆者は10歳の頃に友人の母から当時の親友3人ほどと少人数レッスンを受けたのを皮切りに英語を学び始めた。それから有名なアカデミー出版の「家出のドリッピー」などの教材や、マーク・ピーターセンによる「日本人の英語」シリーズなどに代表されるような日本人の英語学習に関しての本を読み漁った。特別英語が好きというわけではなかったが、当時は外交官や国連での勤務を志望していただけに英語を避けては通れないという気持ちが強かった。(同時にタイピングの重要性も感じて中学を卒業する際に母からワープロを買ってもらって本格的なタイプの勉強ができるようになったことにも心から感謝している。

文章を書くのは好きだが、あまりにも字が汚い私にはワープロはまさに竜が水を得るごとくのツールであったのだ)それから高校も大阪府に当時初めて設置された「国際教養科」という特別なカリキュラムの学校に入学した。(この特別なカリキュラムは府下では千里と住吉の二校でまず試験的に導入され後に拡大したのだが、筆者が行ったのは後者)その後アメリカに留学し、UCLAという大学を卒業してからビジネスを続けるにいたるまでずっと英語を使い続けている。もちろん英語での会話には不自由はしないし、2000年の帰国時に初めて受験したTOEICでも970点という自分でも信じられないような高得点を得た。 (おかげで二度と受けることはなかった。スコアが下がる可能性の方が高いし。ちなみに同時に受けた英検1級は不合格だった)

そんな筆者から見ても英語は本当に難しい言語であるという思いが強い。これに追い討ちをかけるのが、日本人ならほぼ誰でもがもっている一つの壁である。それが「ペラペラ」というやつだ。筆者の周りには英語を自在に操りビジネスでも日常生活でもほぼ不自由しない人物が両手では足りないほどいる。しかし、彼らに対して「あなたは自分で英語がペラペラだと思いますか?」と聞いたらほとんどの人物は「NO」というだろう。傍から見ると、どう考えても「ペラペラ」なのに、何故か?答えは簡単である。「ペラペラ」という言葉に定義がなく、本当にこの言葉自体が薄っぺらい「ペラペラ」な言葉だからだ。だから英語を勉強する際には「ペラペラに話せるようになりたい」などとは思わずに、具体的な目標をもつことだ。それがTOEICでもいい、発音に対してでもいい、好きな分野について語れるだけの知識を得ることでも話せることでもいい。あと、ついでに一つだけアドバイスすると「発音」の勉強に注力したほうがいい、もっと理論的に、である。筆者は英語を話す際にネイティブと非ネイティブの間にある決定的な違いはスピードと発音だと思っている。

ちなみに大事なことなのだが、ここでの発音という意味は「アクセント」ではない。
日本的なアクセントが残ってしまうのはむしろ日本人的でいいと私は思っている。しかし、通じないことの大半はアクセントではなく、「発音が間違っている」という事実であることに気づくべきだ。また発音は舌の位置や口の開き方による「相対的」なものであることが多く、それぞれの音には相関関係がある。これらが一定していればアクセントが多少強くても英語は十分に通じるのである。(聞いている者の耳が慣れるのにしばらくかかるかも知れないが)これと似たようなモノにゴルフで初心者を悩ませる俗にいう「100の壁」というのがある。あまりにゴールを意識するあまりに自分で壁をつくってしまうというやつだ。また少し違って例になるが逆の影響がでているのが「関西人バイリンガル説」と筆者が名づけた現象である。これは、(実は関西人に限定されることではないのだが、関西人が標準語を話すのが苦手だということから、これがもっとも強いと思っている)関西人はテレビのニュースや読み書き上では標準語を完全に理解しながら、それらを話し言葉にまったく影響させないということ自体が、一種のバイリンガルだ、というものだ。半分冗談みたいな説だが、実は脳の切り替えという意味ではここで行われていることというのは、外国で生まれた日本人の子供たちとなんら変わるところがないのではないか。片親が外国人だったりした場合に、例えば子供に日本語で話しかけても返答が英語などの違う言葉だったりするのを耳にしたことがないだろうか。要はあれである。

電子ブック開国論 32 33 34

このルールの背景にはいくつかの事情が垣間見えるのだが、複数アカウントを保有することは当初はまったく何も問題ではなかった。パブリックドメインのコンテンツをアップすることはAmazonが警戒してくるだろうことは分かっていたし、最初は広い門戸もいずれ狭くなるだろうということを予想して当社では(前提条件である)銀行口座の数だけのアカウントを開設した。また当時複数の会社を経営していたのでそちらの口座も利用して一応口座だけは開いた。(結局今まで使えていないのだが)結果として前述したようなことから、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と言わんばかりに見せしめのように該当しないコンテンツ(一時は「漢字」の著作権についての釈明を求められたことまであったのだ!)以外のコンテンツの出版も一応に差し押さえられて、その状態が長いときには数週間から数ヶ月続くのだからたまったものではない。

Amazonが出版社のアカウント別にフラグを立てて厳しく「お灸を据えている」のは疑う余地もなかった。(著作権については後ほどチェックザボックスシステムという自己申告制に移行したので少し緩やかになったのだが実質は何も変わっていない)複数アカウントを保有すること、いわゆるマルチアカウントはこういう問題で電子出版を主とする事業展開をしている電子出版社にとっては死活問題だったのである。そしてもう一つの問題が言語の問題であり、これは本当に痛かった。しばらくしたらフォントを増やすのでその時をお待ちください、というメッセージを受けたのが1月で、それから何の音沙汰もない。これらはもちろん迫り来るAppleのiPadに対しての対応策だったわけで、Amazonは一時期矢継ぎ早に対応策を講じてIRをどんどん更新していた。ずっと張り付いてチェックしている筆者もさすがに目をむくような意思決定のスピードだった。アメリカの上場会社は下手をすると日本の上場会社よりもはるかにコンプライアンスが厳しいので、よほどの意思統一がなされているのか、事前に周到に仕込まれているのか、あるいはその両方であることは短期間とは言え日本の上場会社の子会社を任されてJ-SOXの対応などを社内で検討したことがあるのでよく分かった。

この後も強硬な姿勢を崩さないAmazonとのトラブルは幾度となく続いたのだが、紙面の都合で割愛することにする。実際にやり取りを体験した身としては、Amazonがこうしたクレーム処理をする際に執っている匿名性のメールのやり取りが非常にずさんに見えてしまう。何しろやり取りをしている相手の名前も分からなければ、個別のメールアドレスが手に入るわけでもなく、また電話しようにもどこに電話したらいいのか解らない、といった具合である。

また一気に世界展開をしたKindle2(国際版)の時に期待して、まったく裏切られた事実の中にマーケティングデータの不透明性がある。誰に売れたかまでは分かる必要はないが、地域性とかどういう年齢だとか、といった簡単なデータくらいは出版社に与えて欲しいものだ。そうすることにより間違いなくコンテンツの質を向上させることにもつながるのだから。現状のシステムではどこの国の人間が買ったのかも分からないので、開いた口も塞がらない。アマゾンと出版交渉をしている大手出版社があったらその辺りを十分に注意するように忠告したい。そういうデータは全て巨大マーケティング会社のアマゾンが保有して彼らの良いように使われるのみだ。(もっとももともと書籍の場合も誰が買ったのか分からなかったので、構わないということであれば話は別だ。はい、そうですかという他ないであろう)そしてアマゾンは自身のみが無料で販売できるようなシステムを即刻排除し、本当に通信費を自前で負担しているのかどうかをもう少し透明にするべきだと声を大にしていいたい。

(これまでにLMDPがKindleStore上で出版したコンテンツのリストはコチラ

これ以外にも下記のようなコンテンツが出版可能である。

電子出版で作成可能なコンテンツ例
既存の出版物(一般書籍、文学書、新書、学術書、教科書、雑誌、絵本、児童書、教
材、写真集、アート本、ロマンス本など)
マンガ(メジャー/同人)
論文・学術関連の調査資料
古典、パブリックドメイン文学、ネット上のコンテンツの二次利用
エンタメ関連(歌詞・オリジナル字幕・脚本・脚注・映画原作)
掲示板、ウェブ連動コンテンツ、携帯小説
リアルタイムコンテンツ(ニュース、ゲームの必勝法、意識調査)
情報・資料・統計・辞書・地図・年表
パズルゲーム
言語学習、資格取得、テスト対策
ゲームブック、ファンタジー系
ニュース、個人および商業ブログ
アート関連(作品集、イラスト集、ポートフォリオ、写真集)
自費出版
アナログ物のアーカイブ化出版

電子ブック開国論 31 32 33 へ

今更ながら、一冊の本の(特に編集前の草稿を)ブログに落としこむというのは大変な作業だ。何が大変かというと、それは勿論読者に、ということだが。とにかく長い。実質10日ほどで書き上げた本だが、ワードで170ページをブログに落としこむと長いこと。これだけでもブログ出版の意義を理解してもらえるのではないか。クリックするだけでも一苦労だ。

さて、読者の中には律儀に順番に読んでくださっているかたもいらっしゃるようなので、お付き合い頂いていることに感謝しながら、この長い連載、「電子ブック開国論 草案」の目次を下記に掲載したいと思う。今掲載しているアマゾンの販売体験談はいわば私の原点といえるべき体験で、今読み起こしても生々しく、悲喜こもごもの感情が蘇ってくる。(日付は元のブログエントリーのもの)

序章電子出版元年に向けて
今はどういう時代なのか

第1章電子出版とは何か
電子出版~画期的なビジネスモデル(11/21/09)
紙と電子、プラットフォームの決定的な違いを理解しよう
フォーマットについて
イーブックリーダーという専用端末
垂直統合型ビジネスモデルとは何か
価格と流通
著作権問題の行方
クラウドコンピューティングについて
2010/1/5 日経産業新聞に取材記事が掲載されました!
電子出版の歴史DTPが電子出版の草分けだった
電子出版社の役割とは

第2章キンドルの衝撃とバカの壁
アマゾンとアップル二隻の黒船
1.Kindleとは何か
2.iPadとは何か
「KindleかiPadか」の議論からの脱却.
電子出版市場におけるマーケティング手法の特異性
iTunesの評価システムに潜む罠
コレクター心理はどう変化する?ブクログって知ってますか?
電子コンテンツ専用検索エンジンとディレクトリ
電子書籍専用の書籍コードの重要性
カギを握るゲームとIT業界
アメリカ発オリジナルコンテンツ販売体験記
電子出版で作成可能なコンテンツ例
SAMSUNGとSONYの新型電子リーダーとEPUBフォーマット(09/02/09)
KindleforStudents!? (08/20/09)

第3章理想の電子ブックリーダーとは

電子化の先例実は日本ではとっくに普及してた電子出版~発想の転換
イーブックリーダー比較表
こんな端末が欲しい
日本市場における電子ブックリーダーの新しい位置づけ(02/24/10)
<特別章>CES2010レポート

第4章電子出版がもたらすソーシャルメディアの夜明け
ソーシャルメディアの勃興
近未来のソーシャルニュースネットワークを考える(1)(02/22/10)
近未来のソーシャルニュースネットワークを考える(2)(02/23/10)
ブログを書こう
ネットの未来を占うオープンからクローズドへ[ネットの開国談義とNING](02/0410)
電子出版の行方を知る上での重要なポイントとアゴラブックス(03/06/10)
ダイヤモンド事件が語るもの(ソーシャルメディアの脅威)
第5章日本はどう立ち向かうべきか
日本は電子ブック戦争に敗れ「た」のか? (01/13/10)
ガラパゴスをどう捉えるか
マンガ家は日本の財産だ
ソニーはどうした!?
クールな国、日本が抱える「多すぎる」問題
中国市場をどう見るか
キンドル(Kindle)が日本のクリエイターを支援する(07/25//09)
電子出版で甦る「早すぎた」ビジネスモデルPOPJNEOの例
キンドル早わかりマンガと森祐治氏(01/03/10)
世界を狙うならこのコンテンツだ!
クリエイターが創る未来

第6章いつまでも続く開国談義出版関係者に物申す
-呉越同舟か船頭多くして、か?電子書籍協会はどこへ行く
佐藤秀峰氏の言動が出版界に及ぼした影響(ブログ1-18-10をもとに加筆修正)
電子出版は出版界を救うか?
編集者の活躍の場.
新書なんて要らない

編集作業や権利の兼ね合いで全部を掲載するかどうかはまだ分からないが要点は漏らさず掲載したいと考えている。実際に電子版および紙版で出版される「開国論」は、名物編集者Y氏によって編集されており、タイトルも少し異なる。今ようやく第2章が終わろうというところだから、まだまだ先は長い、どう考えても新ポータルでの電子版の発売のほうが早くなりそうだ (苦笑)

さて、方針が見えれば後は技術的な検証である。このために、我々はKindleを新旧合わせて3台購入している。もちろん後ほど発売されて大画面が話題を呼んだKindleDXも購入してテストした。Kindleにはメールアドレスが付与されており、通信の従量制課金がかかるがPDFファイルが送信できるようになっている。あるいはUSBケーブルを接続してコンテンツを転送することが可能である。ここでは総力を挙げてフォーマティングの研究をして、日本語のコンテンツをどのように表示させるのが一番なのかを徹底的に調べた。その結果、JPEG と HTML を融合させる形で、フォーマットとしては比較的簡単に日本語のコンテンツをアップすることができるという結論にいたった。もちろんイメージはテキストに比べて重いので全体のファイルサイズは大きくなる。これが後にAmazonがAppleに対抗して印税率を引き上げようとしてきた際に行ったルール改訂の根拠となるものである。他の章でもふれたが、Kindle端末ではAmazonが3Gの回線量を負担することになっているが、Appleは(キャリア経由の)ユーザーの負担である。

ここで作成したのが「ひらがなフラッシュカード」と「カタカナフラッシュカード」である。これらはちなみに未だに売れ続けており、最高でKindle Storeのランキングで40万タイトル(当時)の中で上位1%に食い込んだこともある。パブリックドメインものも何故かそれなりに売れた(当時日本語のコンテンツは珍しかったからだろう)のだが、やはりこれらのフラッシュカードが当社のオリジナル作品ということで、小さな成功ながらも筆者はうれしく思っていた。それはシステムさえ構築されれば、将来は約束されたようなものだと思ったからだ。それくらい電子出版事業というのは論理上は「掛け算」で動く世界だと分析したわけである。このシリーズでは後に「小学校漢字シリーズ」を作成するに至った。小学校1年~6年生までの漢字をそれぞれ学年別に分けてフラッシュカードにしたのだ。表と裏のフラッシュカードにするというのは私のアイデアだった。その次にも百人一首シリーズやタトゥー向けの漢字シリーズなどを出版して、3ヶ月くらいすると売り上げも飛躍的に伸び始めた。表紙のデザインが既存の紙出版と同様にそれなりに重要だということにも気づいたし、作品集をつくって大量の数を出せば、作品の知名度とは関係なく、第1作が最初に売れていくということも分かった。これはいける、という確信を持ち始めたのはそのころだった。

しかしここで問題が発生する。アマゾンは革新的なように見えてその実非常に保守的な会社であることが今回の一連の電子出版を通じてのトラブルでよく分かったのだが、その最初のバッドニュースである。まずパブリックドメインのコンテンツの著作権についての開示を求められたのである。それまでコンテンツは出版差し止めだという。この時問題になったのが日本を代表する女性詩人、与謝野晶子の作品群だった。(ちなみに当社はこの時数百に及ぶパブリックドメインのコンテンツを準備中だったので、これは寝耳に水だった)もちろん実際にはアマゾンが要求してくる内容を一つ一つ丁寧に対応していけば問題は解決されることが多い。この時もネットから情報を引っ張り出してきて、英訳したりなどしながら著者の死後50年以上が過ぎており、肖像権などの問題はさておき、著作権としてはなんら問題が発生しないということを伝えた。しばらくしてから、許可する内容の通知があり、一部のコンテンツは無事に出版されたのだが、いくつかは何故か出版されずに未だにコンテンツと売り上げを管理するプラットフォームであるAmazonDTPの画面上でPending(保留中)になったままである。

(AmazonDTPの画像 割愛)

この問題が発生した時が最初の挫折だった。実際これで少し出鼻を挫かれた我々は2ヶ月ほど新タイトルを導入しなかった。そして、その間も日本語のコンテンツよりは英語圏向けに作られた「日本語学習用」コンテンツの方が順調に売れていた。もちろん市場がそちらのほうが大きいので当然の帰結であった。

この次に筆者が目をつけたのが日本語の昔話集であった。このあたり、アイデアはネットを検索すればいくらでも落ちている。私にとって電子出版事業はまさにゴミを宝に変える廃品回収あるいは資源再生事業のようなものだったのである。これには当社が翻訳会社であったことも幸いしたし、もともとオンラインゲームのローカライズをやっている際に培ったデジタル翻訳のノウハウが活かされた。(もちろん元を返せば、社内にあるリソースを有効活用するためにということで電子出版事業に行き当たったのだから当然なのだが)これによって投入されたのが「桃太郎」と「浦島太郎」の二作品で、後に「鶴の恩返し」が追加される。これらにはコンテンツ上の工夫がされており、それぞれの作品には「英語」、「ひらがなのみ」、「漢字交じりの日本語」の3つの異なるバージョンが収録されている。

と、ここまでは一見順風満帆に進んでいるかのようだった。売り上げも対前月比で数倍に膨らむこともあり、コンテンツを極力コストをかけない形で提供して数を増やしていけば認知度もあがり、後は売り上げが膨らむのをまっていれば、各月の末日から45日~60日ほどで入ってくる入金を楽しみにしていればよい。しかも相手は超一流の上場企業なので取りっぱぐれるなんてあり得ない。そう思っていた私は新たな挫折に直面することになる。それがアマゾンの一連のルール改訂騒動である。詳しくは「意力ブログ」に散々書いたので、そちらを見ていただければと思うのだが、アマゾンは英語に加えてフランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語という欧米言語を追加していった際にいくつかの主要なルール改訂を行ったのだが、これらの一つが私の事業の裏目にでることだったのだ。アマゾンはこの際に下記のようなルール変更を一緒に行った。後に物議を醸したのは「印税率アップに伴うアマゾンルールの遵守」ルールだったが、もとからISBNがついたコンテンツを保有しない私にとっては下記の二つのルールのほうがよほど致命的だった。それは、1)複数アカウントを保有している場合は一つに統一すること、そして2)対応フォント以外の言語のコンテンツのアップロードは認めないとしたことだった。(続く)

電子ブック開国論 30 31 32 へ

アメリカでKindleが注目され始めて、電子出版に関してまずは個人的に具体的なリサーチを開始して方針策定に時間を費やした。それから実際に筆者が運営するLMDPがKindle Storeでコンテンツを売り始めたは2009年の6月からだった。それからもうすぐ1年が経とうとしている(注:執筆時点)が、電子出版を取り巻く趨勢は一変したと言っていい。その間Kindle Storeでは当社のコンテンツが並び続け、少しずつではあるが売れ続けた。この章では実際に何が行われ、アマゾンとどういうやり取りが行われたのかという筆者なりの「激闘」の様子の一部をお伝えしたいと思う。

まずKindle Storeではインディーズ出版社でも(ISBNをもたない)オリジナルの電子出版コンテンツが発売できることに気づいた私は、何を売るのが短・中・長期それぞれの期間において有益かということを徹底的に試行錯誤した。その末に行き着いた結論はオリジナルコンテンツを作ることと、日本語のパブリックドメインの文学作品を販売することだった。目的はKindle Storeで販売しうるコンテンツの「質と数量」を見極めたかったからだ。古典文学作品の中では、筆者が敬愛する芥川龍之介と夏目漱石にまずは比重を置いた。そして、後に女性文学者を追加しようということで与謝野晶子作品に手をつけた。(後にアマゾンとのトラブルが発生して、一部の与謝野作品は結局アップしたのにも関わらずアマゾン側の「検閲」を通過せず未だに陽の目を浴びていない)そして、オリジナルのコンテンツについてはとっかかりで作りやすいものということで、日本語学習コンテンツを提供することを思いついた。筆者にとって気がかりだったのはアマゾンの返品のルールであり、レビューのシステムだった。

あまりにつまらない作品を世に出しても、とんでもない評価を最初につけられてしまうと元も子もなく、次に続かない。実際に一番最初に考え出したコンテンツは当社のデザイナーが突発的に作り上げた「ひらがな・カタカナ表」だったが後に酷評されてしまい、それからの売り上げは大きく伸びなかった。(しかし価格が安かったので最初の頃はそれでも当社の他の作品よりも売れていたくらいだ)学習コンテンツであれば1週間はキープするだろうと考えた。そして、やるからには自分がクオリティを保証できるものがいいということで、まずは初級者用の日本語学習コンテンツをつくろうとあいなったわけだ。

しかしここでは大きな前提条件があった。日本語のコンテンツが出版できること。ということである。ここで、筆者はアマゾンの規約を詳しく読んでみたがそこにはどこにも出版コンテンツに対して言語を規制するような記述はなかった。(後にこの方針は変更されることになる)AppleのApp Storeの例を見ても明らかだが、このような新規のB2Cのプラットフォーム上においては、ユーザーを獲得すると同時にコンテンツを潤沢に提供してくれるサードパーティ(この場合は出版社、App Storeの場合はデベロッパー)の存在が不可欠だ。筆者はアマゾンはここをもちろん理解していて、サードパーティが儲けられるような仕組みを構築することでKindle Storeを盛り上げKindleの売り上げを増やすことを考えているに違いないと踏んだ。 読みは当たるのか? 続きはコチラ

オンラインゲームの課金は大別してサブスクリプションと呼ばれる定額制課金モデルと、アバターやアイテムの購入などでちょっとずつ課金が成されるマイクロトランザクションモデルと呼ばれるモデルの二つに分かれる。通常のMMORPGではまずユーザーはゲームソフトを小売店あるいはオンラインで買い求め、それを自身のマシンにインストールする。時には数GB というような莫大なサイズになるソフトは「ゲームクライアント」と呼ばれ、これをインストールした後にインターネットを通じてデータがアップデートされる。ユーザーは月に数十ドル(あるいは数千円)という金額を支払い、自身のアカウントを維持する。時にはゲームを有利に進めるため、あるいはより楽しみたいために複数のアカウントを所持する者もいるほどだ。しかしである、このモデルはシリアスゲーマーとう限られたパイを狙った過当競争により現在非常に成立しがたくなってきている。ここには人間にとっての普遍的な二つの制約要素の存在がある。それは時間と場所、である。実際にはこれに予算という相対的な三つ目の制約要素が加わり、消費者はこれらの許す範囲内でゲームをプレイすることになる。では実際に市場で何が起こったのだろうか。

実はシリアスゲームの市場を脅かしたのは、同じシリアスゲーム内の競合作品ばかりではなく、カジュアルゲームの台頭だったのである。これは先ほど述べた三つの制約条件を考えた際にカジュアルゲームのほうが遥かに有利だったからである。下記にカジュアルゲームの利点を簡単に述べてみよう。

<カジュアルゲームの利点>
iPhoneやiPodTouch、あるいは低スペックのコンピュータでも動く敷居の低さ
時間と場所を選ばずに携帯端末からプレイできること
ゲーム単価が非常に安い
マイクロ課金のほうが必要に応じて支払えるため固定費削減につながる
多くのゲームを並行して自分のペースで進めることが可能

これに対してMMORPGやFPSはシリアスにプレイしようとするとどうしてもチームでのプレイが必要となってくるので、ゲームというよりはリアルのサバイバルゲームに近い状態になってくる。大きな違いはみんなが集合する場所が現実の地図上の場所ではなく、バーチャルリアリティの世界であるということだけだ。チームプレイをするからにはメンバーが必要で、必然的に同じメンバーが毎日決まった時間に示し合わせてプレイするなどということが恒常的に行われるようになる。これは敷居が高いし、先行者利益が発生することも多いので後から参加する者にとっての心理障壁はどんどん高くなる。またチームでプレイすることから、チーム単位でゲームを乗り換えるということも頻繁に発生しており、ゲームパブリッシャーはゲームを楽しく導いてくれて活気をもたらしてくれる熱心なゲーマーを囲い込むのに躍起になっている。そのため宣伝にかかる費用もハリウッド映画並みの規模になってくるのだが、実際にどれだけのタイトルがコストを回収できたのかというと、恐らく片手で足りるほどしかないのではないだろうか。

そもそもゲームを取り巻く環境はこの20年間で本当に大きく様変わりしており、過去の常識が現在に通用しなくなることが多い。別の言い方をすればそれだけゲーマーという存在が流行に敏感であるということだから、ゲーム業界にいる者は必然的に顧客であるゲーマーの心理を理解することに血道を注いでいる。つまり、ゲーム業界にいる者の多くはゲーマーだということであり、これには経営陣とて例外ではない。実際に全社でゲームプレイを行うイベントなどを開催している会社も多い。こういう活動を通じて社内のビジョンを統一して、興奮を共有するのである。正しくこれらが実践されると経営者と最前線にいる開発者やQC(品質管理)、CS(顧客サポート)担当との間の心理的軋轢も少なくなるだろうことは容易に想像できる。では、出版業界においてこれは同じように機能しているだろうか。少なくとも電子出版において現時点で機能しているとは到底思えない。つまりそれだけ、日本の電子出版市場においてキャスティングボードを握っている人たちと市場の生の声の間に開きがあるということだ。それでは正しくビジネスが成り立つ訳がないことは子供にでも分かることだ、というかむしろ素直で流行に敏感な子供たちのほうが正しくビジネスを理解できるような時代になってきているのかも知れない。 続きはコチラ

筆者はオンラインゲームという市場が電子出版市場の動向を分析する上で非常に大きなポイントになるという認識をもっている。これはオンラインゲーム市場は高性能コンピュータというハードとゲームというソフトが課金というプラットフォームを巡って、インターネットという共通インフラ上で戦う激戦場だからである。幸い筆者はこのオンラインゲーム市場において、さくらインターネットの米国法人代表としての立場からオンラインゲームのローカライズ作業という分野を通じて当事者として観察することができた。ではこのオンラインゲーム市場ではこれまでに何が起こり、現在競争はどういう原理のもとに起こっているのかを簡単にまとめてみよう。

オンラインゲームは2000年代の初頭にネットインフラの普及と向上により急速に世界に浸透したカテゴリで、その中身は前述したようなMMORPGやFPS、あるいはRTS(Real Time Strategy)という俗にシリアスゲームと呼ばれるハードコアゲーマー向けゲームのジャンルと、より初心者向けのカジュアルゲームと呼ばれるカテゴリがある。(ちなみにこのカジュアルゲームという名称は「クラウドコンピューティング」と同じように、定義が非常に曖昧な言葉であり、時には意図的に商業操作をされやすい言葉である)オンラインゲームのブームの最初は前者に勢いがあったが、最近ではカジュアルゲーム側にかなり勢いがあるように思う。例えば筆者は家族と一緒によく近郊のショッピングモールにある Apple Store を訪れるのだが、ここでは多くの人々が展示されている iPhone や iPad、あるいは Mac Book といった端末に群がってゲームをしており、これらの多くが App Store 経由で事前にインストールされているカジュアルゲームの類であり、我が家の子どもたちもよく夢中になっている。これはとりもなおさずカジュアルゲームが女性や子供にもやさしい万人向けであるという点であり、iPhoneというコンソール機に比べるとはるかにスペックが低い筐体でも動くゲームであるという点である。

現在市場には主にFlashで動くカジュアルゲームがウェブサイトやSNSに始まり、ネット上のあちこちで見られる。カジュアルゲームがMMORPGのようなゲームを凌駕したもう一つの理由がフレキシブルな課金メカニズムである。大抵のシリアスゲームはその開発に膨大な予算がかかっている。世界で最も成功したMMORPGというと誰しもが思いつくのはブリザード社(現在のActiVision)の World of Warcraft (略称WoW)だと思うが、これらのゲームには数十億円というそれこそハリウッド映画に匹敵する予算が注ぎ込まれている。筆者も複数の開発会社の製作現場のかなり内部まで観察したことがあるが、映像や音楽、ストリーテリングを駆使するこれらの作品は本当に映画のそれと変わらない。だが、結果的にはこのMMORPGという市場は現在あまり主流ではないし、成功例も世界的にはあまり多くない。それは製作と運営に関わるコストがあまりにも莫大であり、それを回収するために必要な課金モデルに柔軟性がないため競争に打ち勝てるのは最大手だけになるという現実があるからだ。「オンラインマーケティングではナンバーワンしか勝てない」という格言がこの市場でも非常に説得力を帯びたものとして聞こえてくる。ではこの課金システムについてもう少し説明してみよう。(続く)

電子ブック開国論 27 28 29 へ

Recent Comments

  • 神奈川県警察本部長: 私も全く考えた事なかったけど、今日10。月16日のアタ...
  • Steve Jobs App: that’s an iPhone App
  • Steve Jobs App: Ve a App Steve Jobs Quotes and...
  • will: ご訪問ありがとうございます。...
  •  : 真相はこれっぽいですね。 http://gizmodo.com/5838845/...



Feed Magazine

    メールアドレスを入力してください:









Archives


Histy