7 2月 2010
昨年の紅白にスーザン・ボイルが出て歌った曲がこの “I dreamed a dream”であるので、もはや聞いたことが無い人はいないくらいだろう。イギリスの「スター誕生」的番組で一躍渦中の人となった女性がこのスーザンボイルである。実は筆者の妻(愛称はたえちゃん)も彼女の歌声に魅了されて、CDも購入し、車の中で聞くようになった。
もともとスーザン・ボイルのことを紹介したのは筆者だったが、実はあまり歌詞をちゃんと考えて聴いたことがなかったので、運転中にそれとなく耳を澄まして聴いていると、タイトルがひっかかるようになった。「夢 破れて」とはどういう意味か、と。 歌の背景をよく知らなかった筆者は正直(恥ずかしい話だが)最初は誤訳の可能性もあると思って、一度歌詞を読んで自分なりに研究してみようと思っていたのだが、今朝ひょんなことからそれをする時間が少しあったので調べてみたらネットでも歌詞の意味を気にしている人がかなり多いよう。(ちなみに紅白で歌われたのは歌詞が少し違うバージョンではないかという意見もあるがそこまで詳しく調べていない)
そこでまず英語の歌詞を実際に読んでみた。(下記はネットからとったものなので、ひょっとしたら間違っているかも知れないが)
There was a time when men were kind
When their voices were soft
And their words inviting.
There was a time when love was blind
And the world was a song
And the song was exciting.
There was a time …then it all went wrong…I dreamed a dream in time gone by
When hopes were high and life worth living,
I dreamed that love would never die
I dreamed that God would be forgiving.Then I was young and unafraid,
When dreams were made and used and wasted.
There was no ransom to be paid,
No song unsung, no wine untasted.But the tigers come at night,
With their voices soft as thunder,
As they tear your hope apart
As they turn your dreams to shameHe slept a summer by my side.
He filled my days with endless wonder,
He took my childhood in his stride,
But he was gone when autumn came.And still I dream he’ll come to me
And we will live the years together!
But there are dreams that cannot be
And there are storms we cannot weather.I had a dream my life would be
So different from this hell I’m living
So different now from what it seemed
Now life has killed the dream
I dreamed.
? なんだか、様子が変である。本当に「夢」は破れているようにしか聞こえないし、しかも、内容は思っていたよりもなんだかむごたらしそうだ。
特に
But the tigers come at night,
With their voices soft as thunder,
のあたりが妙にひっかかる。何故 Tiger(S) と複数形なのか、そしてその後には shame という単語。これはもしかして。。。と思って今度は歌の背景を調べてみることに。そこでこの歌がもともとはレ・ミゼラブルの楽曲の一つであることを知った。(昔芝居を見たことがあるはずなのに。。。)
劇中でこの歌を歌っているのはファンティーヌという女性で、第一幕で歌われているようだ。
ちなみに筆者は自他共に認める国語人間である。将来の目標の一つにノーベル文学賞の受賞というのがあるくらい、文学だろうと詩だろうと俳句だろうと漢文だろうと、言葉というものにはこだわりがあるし、言葉に対する美的感覚というものには非常に敏感なものをもっている(と、少なくとも自分では思っている)。
そして、その観点から言うと、これはまさに言語を問わないことだと思うが、このレベルまで有名な詩になってくると一行一行の中に無駄というものが一切なく、全てに意味がある。まさに推敲に推敲を重ねられているはずである。時を超えて人々に愛され続けてきて名を残す作品というのはそういうものだ。
なのでこの詩が含む単語一つ一つ、一行一行の意味とそれぞれとの関連性、韻の踏み方などには全て意味がある。それが文学という芸術である。
筆者はここで虎を意味する Tigers が複数形になっている時点で、この詩は娼婦によって謳われたものではないかと気づいたのだが、恐らく英語に親しみのある人物なら同じようにパッと気づく方は多いのではないか。これは英語学習の際に文法を超えたところで生きた英語を学ぶために必要ないわゆる、「気づき」をもった者であれば察することができる『伏線』的な語感の話になるのだが、これは筆者が提唱するZEN (禅)ENGLISHのコンセプトを伝えるのに分かりやすい教材だと思ったのでブログで取り扱うことにした。
その背景として理解頂きたいのが英語と日本語がかなり違う言語であるということである。違う言語なんだから当然だと、いう声が聞こえてこないのだが、その「違い」の意味を正しく体得していないと英語上級者への道は開かれないと思う。
ではその心は… 続きを読む
4 2月 2010
先日とあるビジネス雑誌で「リアル化するネット」という見出しを見たときに大きな違和感を感じた。インターネットというものはそもそも通信インフラだから最初からリアルタイムに決まっているのに、と。中身を読んだらなるほど、TwitterとかGoogleのLatest検索とか情報「配信」がどんどんリアルタイム化されている、つまり発信と受信の間に時間的格差がどんどん少なくなっているということだった。(それを言うならリアル化しているのは、ネットじゃなくてウェブじゃないのか?とかすぐに自己流で言葉に突っ込み始めてしまうのが悪い癖というかこだわりなんだけども)
確かにグーグルの検索結果への反映なんかも昔に比べると速くなった気がする。紙媒体がその情報発信の遅さでネットに覇権を奪われているが、いわゆるYahoo!やMSNなんかのポータルサイトですらTwitterやブログでの情報配信にはかなわない。時代はいわゆるソーシャル・メディアの時代に本格的に移行し始めているのだ。
しかし、ネットにはまだまだ課題や不安がつきまとう。20年前には誰もその存在を知らなかったこのインフラを通じて、ウェブの世界は急速に膨張している。筆者はこの膨張にはいずれ、大きなゆり戻しがくるのではないかと思っている。というわけで、2010年も始まって1ヶ月が経つのだが、今年移行のネットの趨勢を占う上で、ちょっとした予測と抱負を語ってみたいと思う。筆者が考える大きなポイントは下記の通りである… (続きを読む…)
24 1月 2010
昨日はしばらく続いた雨が降り止んで、すばらしい天気だった。ちょうど前日にこれを見ずに帰国してしまったお客さんはかわいそうだったと思うことしきり。
さて、今週いよいよ発表されるであろうアップルのタブレット機(Slate なのか iPadなのか?ややこしいから早く決めて欲しい)の登場を前にアマゾンが連日のようにプレスリリースを出して新しい仕組みを提案してきているのはこのブログでも何度もお伝えしている。このブログへのアクセスもそうだが、Ebook2.0Forumへのアクセスもうなぎ登りの上昇を続けているようで、電子出版市場の活気はとどまるところを知らないかにみえる。が、そうは言ってもまだ肝心の端末がアジア向けには出ていない状態で、(実は規模はまだそれほどではないのだが)端末中心の動きで業界を牽引しているアメリカの動きに世界中の耳目が集まっているというところ。それもこれも全てみな、電子出版を含めた新しい可能性がこれらの新端末で産み出されることに期待しているからだ。イノベーションである。勿論実際には、可能性を作り出しているのはイノベーターであり端末は彼らの構想の中の一部分にしか過ぎない。電子出版は時代の流れであるとして、推進しようとしていく者と既存権力を維持しようと思う者、そしてその狭間で新たな動きを模索する者、それぞれの思惑がぶつかっている、非常に人間くさいドラマがそこにあるように思う。しかし今回ばかりは日本も内需ではなく、世界を市場としてみる視野を身につける格好のチャンスだと思う。国内にはすでに長年の出版業界で培われてきた相応のパワーバランスと人間関係が出来上がってしまっている。長年住み慣れた世界を去るのはたやすいことではないが、そこが快適でないことに気づいたなら、新たな活動の場を海外に求めるのも一つだろう。
これまで電子出版における日本のクリエーター(漫画家、作家、イラストレーター、アーティストなど)の支援を表明してきたが、これと同時に編集者や記者といった、今までどちらかというと日の目をあまり浴びることのない立場にいた方達にも、今回のチャンスは大きなものであるということに最近気づかされるようになった。 続き
18 1月 2010
日本に滞在中に報道された下記のようなニュース。
出版大手21社が新法人 電子書籍化取り組み強める
内容の解説については今やそのコンテンツの豊富さのみならずアクセス数の上でも電子出版ポータルとしてはゆるぎない地位を築きつつあるEBook2.0 Forumの鎌田氏の記事に詳しいので、そちらに委ねたいと思うが、この大同団結が意図するところは明らかである。(これがいわゆる合従連衡の故事のような出来事に発生する可能性もあるのだが、それはアマゾンの動き次第だ)
マンガのデジタル直販を始めている佐藤秀峰氏がブログでこの件について言及している内容も話題になっている。いわく「漫画家が出版社を養ういわれはない」。
筆者が思うにこの問題のポイントはパワーバランスである。現状の出版業界ではこのパワーバランスが著しく出版社側に偏っている。(他によく似た例では歯医者と歯科技工士の関係があるそうで、これも日本ではかなり技工士側に厳しい待遇になっているが、アメリカではほぼ対等だそうな)戦後の日本の経済成長を支えてきたのはモノづくりであったが、自動車や家電と言った物品以外にも日本は「コンテンツ」をつくってきたのであり、この意味で工員的な体制で仕事を続けてきたのはある意味仕方がないかも知れない。しかし漫画家や作家がブルーカラーかというと、必ずしもそうあるべきではないし、分業や報酬といった観点でも、もっと違ったシステムもいくらでも考え付くはずである。
筆者は電子出版の力がとてつもなく大きなものであり、結果的にはそれが世界中の多くの人々のためになるということを信じてやまない。特に今経済力を失い、このままいくと世界3位ばかりか、7位(ドイツ、フランス、イギリス、イタリアに抜かれれば)、あるいはもっと下(その下の諸国は接戦である。Per Capitaだと中国とはまだまだ開きがあるが、こちらでは日本は20位以下である)の地位に甘んじなければならなくなるかも知れないという危惧間の中、日本はこれからアジア圏に対して文化的リーダーという地位を築き、他のアジア諸国が先進国の仲間入りをするのを先導する立場をキープすべきだというのが私の持論である。(アプローチや視点が若干異なるが、これは大学で専攻した環境政策学のコンセプトにも通じるものがある)
一方大手出版社の気持ちもよく分かる。この不況と、躍進しているチャイナパワーで揺れるグローバル経済の中、誰しもが先行き不安を感じている。誰だって将来が見えなければ怖いのである。特に日本の出版業界は寡占に近い状態が続いてきており、「大手」はめっぽう強かった。が、この「大手」があちこちの産業で崩れるのが今の社会である。航空業界、音楽業界、自動車業界など栄枯盛衰はどこにでも存在する。資本主義の中では競争力を失えば滅ぶしかない。そうなりたくなければ、生き残りに全力をかけるしかないのだが、そこでの生き残りというのは「適者生存」という言葉が示すように、変貌する市場において「適者」となるための行動をとり、実際にそうなることであり、これまで通りのやり方を維持する方法を必死に模索することではない。
筆者は常々資本主義社会の次のステージは最適化社会であると考えているのだが、つまり、これまでにあった無駄が全て排除されていくということだ。今世紀の市場経済にはこのような「無駄」や「非効率性」を許容する余力がない、というか許容することをそもそも認めない。
マンガが日本の出版産業を支えている、ということはよく分かる。そしてその産業の育成に貢献してきたのは大手出版社であった。その功績は確かに多大なものである。しかし、時代は変わる。
思うに、今回の電子出版が入れようとしているメスはマンガ産業の構造そのものについてではないか。巷ではファーストフードの店長などに対する残業賃金が問題になっているが、本質的にはこういう問題に近いと思う。
この点で筆者は自分の弟という非常に身近な人物を通して、社会から悪くいうと「搾取」されてきている人物の生活を見ている。高卒の学歴しかない弟は漫画家を志望して、食いつなぐために某有名飲食FCチェーンでアルバイトを続け、その後店長になった。しかし、傍目にその待遇はひどいものであった。残業代ももちろん発生しないし、気まぐれなアルバイトが空ける穴を埋めるために急遽休暇を返上して朝5時に出社しなければならない。漫画家やアニメーターといった日本の一部の産業を底辺で支える人たちの生活もこれと同じかそれ以下であったりはしないか?勿論下積みが大切なのは分かる、が、クリエーターとて人間である。安い給料でひたすらこきつかわれ続けるのは人権問題であり、そのような立場の人間を想定しなければ成り立たない産業というのはそもそもビジネスとして破綻しているのではないか。搾取しているとかされている、といった問題ではなく、双方が歩み寄るか新しい線引きをすることでこの問題に向かい合わない限り産業自体が成り立たなくなり共倒れするという話だ。
弟はその後転職したのだが、それまで10年以上(私の目には)「過酷な」というか「不条理な」労働を続けてきた。アメリカの労使の観点からすると完全に違法な行為であることがまかり通っている。勤務そのものが過酷であるということよりは、前提とする雇用のルールが捻じ曲げられているのである。しかし弱者はそれに気づかなかったり、泣き寝入りすることを余儀なくされたりするのである。特にこの稀に見る大不況ではそうなっても仕方ない。が、それは「他に選択肢が無い」場合である。筆者が日本のクリエーター達に声を大にして言いたいのは、電子出版がそういうこれまで日の目を見なかったクリエーター諸氏に明るい光を見せることができるかも知れない、ということである。
もちろんこの為には、クリエーター側でも変わらなければならない。変わることも、その変化に慣れることも痛みを伴う。この場合には、例えば大手出版社に対する依存心を捨てることがそうだし、狭い日本の文化の中でしか受け入れられないコンテンツや描写手法というものを、より世界で受け入れられるものに変えていくということがそうなのかも知れない。しかし、市場はそこにあるのだし、日本の漫画家は世界には類を見ない高度な文化的生産者であると信じて疑わない。新しい出版パラダイムの中では例えば漫画家と編集者、漫画家と原作者といったこれまでの関係の中でもダイナミックな変化が必要とされるのかも知れない。が、逆をいうとそこには大きなビジネスチャンスがあるということだ。日本では有名な漫画家でも(一部の例外を除き)世界ではほとんど無名である。日本では誰もが知ってるTVアニメでも、海外で誰もが知っているTVアニメなんて実際にはほとんどないのが現実だ。(日本のマスコミ「大本営」がどういう報道をしているかは知らない)これはつまり、「チャンス」である。日本のプロスポーツ選手の多くが世界を経験して強くなり、それを日本に持ち帰ったように、これから日本のクリエーターも世界でどんどん武者修行をして強く、逞しくなって欲しい。そうすることで閉鎖的な現状に変革をもたらすことができるというのは、スポーツにとどまらずビジネスや研究の世界では証明されている。
クリエーターよ大志を抱け!と筆者はエールを送りたい。
そしてたくさん儲けて自身の夢をどんどん叶えていって欲しい。もちろん前提条件は”NO PAIN, NO GAIN”であるから痛みを伴うのは覚悟して欲しい、がそれは単なる使役労働を課せられるのとはまったく異なる次元の痛みであり、全て後の自分のためになる痛みである。何度も言うが電子出版という市場はまだ始まったばかりの市場であり、その市場規模がどれくらいの大きさになるかは計り知れない。
(上述の弟の話に戻ると、実は単純な勤務時間や作業環境、従業員を抱えることのプレッシャーなど鑑みるともちろん筆者を含む起業家のそれのほうが、はるかに厳しいものなのである。時にはまったく見通しが立たないような状況に身を追いやられることもある。が、それはまったく異質のものであり、そこには大きな喜びが並存するのである。だから続けられるし、無理もできる。その喜びが何であるかをぜひ独立したクリエーター諸氏の目で確かめて頂きたい)
9 10月 2009
2009年のノーベル文学賞はドイツの女性作家ヘルタ・ミュラー(Herta Müller)さんに授与されることになったそうだ。
ノーベル財団のHPでのニュース
なんでこんなエントリーを書いてるかというとノーベル文学賞受賞は私の生涯の目標の一つでもあるからで、これまでどういうアプローチでいくかを考えていたが、最近はまっている禅をテーマにした文学でいこうと最近方向性を決めたところ。過去10年間ほど夢に描いているこのビジョンを48歳くらいまでに実現したいと思っている。もともとの発想は「環境文学」だった。これはただ読むだけでなく、「読んだあとにその作品のテーマとなる特定のトピックに対して読者自身がスタンスを取る行動に結びつけるもの」、とざっくりしたアイデアだったのだが、禅の「公案」がこれにぴったりだということに最近気づいたので、これでいこうと思い立った。現在は抱えている出版翻訳の案件以外に電子出版に関するものとネットの近未来についての著作をしたためているところだが、これに加えてZEN ENGLISHとZEN経営、ZEN Parentingというテーマでも執筆をしたいと思っている。ZEN GOLFという本はこの点でゴルフを技術からでなくメンタルから変えることで上達させようという画期的な書籍だが、アメリカではかなり売れていてAmazonのKindle Storeでもベストセラーである。
あとは一日の中でもっとも執筆に適した時間帯をうまくそちらに活用できればよいのだが。。。まぁ焦らず努力を続けることにしよう。
2 9月 2009
アメリカではキンドルがこれまでの電子書籍リーダーでは考えられなかった成功を収めつつあるが、AppleがiTunesで音楽業界の天下を取った に近い状態であることを考えると、他の競合は市場を独占されたらたまらないと考えているだろう。これまでのところ、他の対抗馬としては Barnes&NorblesがPlastic Logics社のリーダーと、GoogleとSONYの連合軍が主力だったが、8月に発売された韓国SAMSUNGの新製品(SNE-50K)はこれに更 なる脅威を加えるかも知れない。(どうやらAppleはタブレット型Mac(iPhone?)向けのiTunesでの書籍販売を諦めたようだが、ここに例の特許侵害のニュースが実際どこまで関係しているのかは分からない)
SONYの新製品Reader Daily Editionはキンドルと同じく3G(キャリアはAT&T)を利用するとのことだが、実際には3Gを搭載しないリーダーではPCを経由せざるを 得なくなるので、使い勝手という意味では格段に劣ると思うので、通信コストをある程度度外視してもこうせざるを得なかったのだろう。WiFiもアメリカで はつながるところが少ないのであまり意味をなさない。特筆すべきはSONYが今回は独自の規格であるBBeBを捨てて次世代の標準規格と目されるEPUB 形式の採用に乗り出してきたことだ。これまでのレッスンから学んだこと、というか失敗からのダメージが大きすぎたのかも知れないが、この動きは評価すべき だろう。来年初に発売されると噂されるキンドルの新型がEPUB対応となるのかが見ものだ。
電子出版事業に本格参入してから、早や3ヶ月。アマゾンのキンドルストアで販売あるいは編集提携しているコンテンツも当初の目標の100冊には届か なかったが、ほぼ90%近くを達成することができた。特に言語学習系のコンテンツが人気で、現時点で一番人気のひらがな学習カードはキンドルストア全35 万冊以上の書籍の中で7,948位と出だしとしてはまずまずである。(ちなみにカタカナは8,135位)参入して初めてこの業界がもつポテンシャルの大きさに気づかされたのだが、それに気づいて行動している企業はまだまだ少ないようだ。日本も早く閉鎖的な出版体制から脱却して、電子出版の本当の可能性について気づき迅速に行動して欲しいと思うのだが。
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