31 7月 2010
新型Kindleのアマゾン公式CMはコチラ
CNETのニュース
30 7月 2010
日本の出張中はPCのトラブルがあり、ブログをほとんど更新できなかった。
昨日LAに戻ってきたら、あまりに涼しい、というか夜は寒いくらいでびっくりしたのだが、生活のペースも徐々に戻りつつある。
よってブログも再開していきたい。
さて、すでにご存知の方も多いかも知れないが、AmazonがいよいよKindleの新製品を投入してきた。
アマゾンの公式プレスリリースはコチラ
詳細な製品情報はコチラ
特徴一覧
* All-New, High-Contrast E-Ink Screen – 50% better contrast than any other e-reader
* Read in Bright Sunlight – No glare
* New and Improved Fonts – New crisper, darker fonts
* New Sleek Design – 21% smaller body while keeping the same 6″ size reading area
* 15% Lighter – Only 8.7 ounces, weighs less than a paperback
* Battery Life of One Month – A single charge lasts up to one month with wireless off
* Double the Storage – Up to 3,500 Books
* Books in 60 Seconds – Download books anytime, anywhere
* Free 3G Wireless – No monthly payments, no annual contracts
* Built-In Wi-Fi – In addition to the 3G wireless, you can connect to Wi-Fi hotspots
* 20% Faster Page Turns – Seamless reading
* Enhanced PDF Reader – With dictionary lookup, notes, and highlights
* New WebKit-Based Browser – Free 3G web browsing (experimental)
E-Inkが綺麗になって、一回り小さくなって、バッテリーも長持ちするようになった。に加えていよいよWiFi対応となった。
ページをめくるのが遅いのが課題だったが、それも早くなり、さらにPDFリーダーやウェブブラウザも搭載するという消費者の要望を汲み取った
ものになっているようだ。プレオーダーはすでに始まっており、出荷日は8月27日。いわゆるBack-to-Schoolキャンペーンを意識した事前告知という感じである。
<追記>
一番大事なことを報告し忘れていた。なんと日本語フォントに対応と謳われている。これを機にいよいよキンドルストアに日本語コンテンツがアップされるということか!(ちなみにロシア語、日本語というのは意力が以前予言したとおりの順番、中国語と韓国語まで対応したのは驚きだ。米国外の人間にとってはむしろこちらのほうがアップグレードのメインだといってもいいくらいだ)
Support for New Characters
Kindle can now display Cyrillic (such as Russian), Japanese, Chinese (Traditional and Simplified), and Korean characters in addition to Latin and Greek scripts.
25 7月 2010
このルールの背景にはいくつかの事情が垣間見えるのだが、複数アカウントを保有することは当初はまったく何も問題ではなかった。パブリックドメインのコンテンツをアップすることはAmazonが警戒してくるだろうことは分かっていたし、最初は広い門戸もいずれ狭くなるだろうということを予想して当社では(前提条件である)銀行口座の数だけのアカウントを開設した。また当時複数の会社を経営していたのでそちらの口座も利用して一応口座だけは開いた。(結局今まで使えていないのだが)結果として前述したようなことから、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と言わんばかりに見せしめのように該当しないコンテンツ(一時は「漢字」の著作権についての釈明を求められたことまであったのだ!)以外のコンテンツの出版も一応に差し押さえられて、その状態が長いときには数週間から数ヶ月続くのだからたまったものではない。
Amazonが出版社のアカウント別にフラグを立てて厳しく「お灸を据えている」のは疑う余地もなかった。(著作権については後ほどチェックザボックスシステムという自己申告制に移行したので少し緩やかになったのだが実質は何も変わっていない)複数アカウントを保有すること、いわゆるマルチアカウントはこういう問題で電子出版を主とする事業展開をしている電子出版社にとっては死活問題だったのである。そしてもう一つの問題が言語の問題であり、これは本当に痛かった。しばらくしたらフォントを増やすのでその時をお待ちください、というメッセージを受けたのが1月で、それから何の音沙汰もない。これらはもちろん迫り来るAppleのiPadに対しての対応策だったわけで、Amazonは一時期矢継ぎ早に対応策を講じてIRをどんどん更新していた。ずっと張り付いてチェックしている筆者もさすがに目をむくような意思決定のスピードだった。アメリカの上場会社は下手をすると日本の上場会社よりもはるかにコンプライアンスが厳しいので、よほどの意思統一がなされているのか、事前に周到に仕込まれているのか、あるいはその両方であることは短期間とは言え日本の上場会社の子会社を任されてJ-SOXの対応などを社内で検討したことがあるのでよく分かった。
この後も強硬な姿勢を崩さないAmazonとのトラブルは幾度となく続いたのだが、紙面の都合で割愛することにする。実際にやり取りを体験した身としては、Amazonがこうしたクレーム処理をする際に執っている匿名性のメールのやり取りが非常にずさんに見えてしまう。何しろやり取りをしている相手の名前も分からなければ、個別のメールアドレスが手に入るわけでもなく、また電話しようにもどこに電話したらいいのか解らない、といった具合である。
また一気に世界展開をしたKindle2(国際版)の時に期待して、まったく裏切られた事実の中にマーケティングデータの不透明性がある。誰に売れたかまでは分かる必要はないが、地域性とかどういう年齢だとか、といった簡単なデータくらいは出版社に与えて欲しいものだ。そうすることにより間違いなくコンテンツの質を向上させることにもつながるのだから。現状のシステムではどこの国の人間が買ったのかも分からないので、開いた口も塞がらない。アマゾンと出版交渉をしている大手出版社があったらその辺りを十分に注意するように忠告したい。そういうデータは全て巨大マーケティング会社のアマゾンが保有して彼らの良いように使われるのみだ。(もっとももともと書籍の場合も誰が買ったのか分からなかったので、構わないということであれば話は別だ。はい、そうですかという他ないであろう)そしてアマゾンは自身のみが無料で販売できるようなシステムを即刻排除し、本当に通信費を自前で負担しているのかどうかをもう少し透明にするべきだと声を大にしていいたい。
(これまでにLMDPがKindleStore上で出版したコンテンツのリストはコチラ)
これ以外にも下記のようなコンテンツが出版可能である。
電子出版で作成可能なコンテンツ例
既存の出版物(一般書籍、文学書、新書、学術書、教科書、雑誌、絵本、児童書、教
材、写真集、アート本、ロマンス本など)
マンガ(メジャー/同人)
論文・学術関連の調査資料
古典、パブリックドメイン文学、ネット上のコンテンツの二次利用
エンタメ関連(歌詞・オリジナル字幕・脚本・脚注・映画原作)
掲示板、ウェブ連動コンテンツ、携帯小説
リアルタイムコンテンツ(ニュース、ゲームの必勝法、意識調査)
情報・資料・統計・辞書・地図・年表
パズルゲーム
言語学習、資格取得、テスト対策
ゲームブック、ファンタジー系
ニュース、個人および商業ブログ
アート関連(作品集、イラスト集、ポートフォリオ、写真集)
自費出版
アナログ物のアーカイブ化出版
21 7月 2010
今更ながら、一冊の本の(特に編集前の草稿を)ブログに落としこむというのは大変な作業だ。何が大変かというと、それは勿論読者に、ということだが。とにかく長い。実質10日ほどで書き上げた本だが、ワードで170ページをブログに落としこむと長いこと。これだけでもブログ出版の意義を理解してもらえるのではないか。クリックするだけでも一苦労だ。
さて、読者の中には律儀に順番に読んでくださっているかたもいらっしゃるようなので、お付き合い頂いていることに感謝しながら、この長い連載、「電子ブック開国論 草案」の目次を下記に掲載したいと思う。今掲載しているアマゾンの販売体験談はいわば私の原点といえるべき体験で、今読み起こしても生々しく、悲喜こもごもの感情が蘇ってくる。(日付は元のブログエントリーのもの)
序章電子出版元年に向けて
今はどういう時代なのか第1章電子出版とは何か
電子出版~画期的なビジネスモデル(11/21/09)
紙と電子、プラットフォームの決定的な違いを理解しよう
フォーマットについて
イーブックリーダーという専用端末
垂直統合型ビジネスモデルとは何か
価格と流通
著作権問題の行方
クラウドコンピューティングについて
2010/1/5 日経産業新聞に取材記事が掲載されました!
電子出版の歴史DTPが電子出版の草分けだった
電子出版社の役割とは第2章キンドルの衝撃とバカの壁
アマゾンとアップル二隻の黒船
1.Kindleとは何か
2.iPadとは何か
「KindleかiPadか」の議論からの脱却.
電子出版市場におけるマーケティング手法の特異性
iTunesの評価システムに潜む罠
コレクター心理はどう変化する?ブクログって知ってますか?
電子コンテンツ専用検索エンジンとディレクトリ
電子書籍専用の書籍コードの重要性
カギを握るゲームとIT業界
アメリカ発オリジナルコンテンツ販売体験記
電子出版で作成可能なコンテンツ例
SAMSUNGとSONYの新型電子リーダーとEPUBフォーマット(09/02/09)
KindleforStudents!? (08/20/09)
第3章理想の電子ブックリーダーとは
電子化の先例実は日本ではとっくに普及してた電子出版~発想の転換
イーブックリーダー比較表
こんな端末が欲しい
日本市場における電子ブックリーダーの新しい位置づけ(02/24/10)
<特別章>CES2010レポート第4章電子出版がもたらすソーシャルメディアの夜明け
ソーシャルメディアの勃興
近未来のソーシャルニュースネットワークを考える(1)(02/22/10)
近未来のソーシャルニュースネットワークを考える(2)(02/23/10)
ブログを書こう
ネットの未来を占うオープンからクローズドへ[ネットの開国談義とNING](02/0410)
電子出版の行方を知る上での重要なポイントとアゴラブックス(03/06/10)
ダイヤモンド事件が語るもの(ソーシャルメディアの脅威)
第5章日本はどう立ち向かうべきか
日本は電子ブック戦争に敗れ「た」のか? (01/13/10)
ガラパゴスをどう捉えるか
マンガ家は日本の財産だ
ソニーはどうした!?
クールな国、日本が抱える「多すぎる」問題
中国市場をどう見るか
キンドル(Kindle)が日本のクリエイターを支援する(07/25//09)
電子出版で甦る「早すぎた」ビジネスモデルPOPJNEOの例
キンドル早わかりマンガと森祐治氏(01/03/10)
世界を狙うならこのコンテンツだ!
クリエイターが創る未来第6章いつまでも続く開国談義出版関係者に物申す
-呉越同舟か船頭多くして、か?電子書籍協会はどこへ行く
佐藤秀峰氏の言動が出版界に及ぼした影響(ブログ1-18-10をもとに加筆修正)
電子出版は出版界を救うか?
編集者の活躍の場.
新書なんて要らない
編集作業や権利の兼ね合いで全部を掲載するかどうかはまだ分からないが要点は漏らさず掲載したいと考えている。実際に電子版および紙版で出版される「開国論」は、名物編集者Y氏によって編集されており、タイトルも少し異なる。今ようやく第2章が終わろうというところだから、まだまだ先は長い、どう考えても新ポータルでの電子版の発売のほうが早くなりそうだ (苦笑)
21 7月 2010
さて、方針が見えれば後は技術的な検証である。このために、我々はKindleを新旧合わせて3台購入している。もちろん後ほど発売されて大画面が話題を呼んだKindleDXも購入してテストした。Kindleにはメールアドレスが付与されており、通信の従量制課金がかかるがPDFファイルが送信できるようになっている。あるいはUSBケーブルを接続してコンテンツを転送することが可能である。ここでは総力を挙げてフォーマティングの研究をして、日本語のコンテンツをどのように表示させるのが一番なのかを徹底的に調べた。その結果、JPEG と HTML を融合させる形で、フォーマットとしては比較的簡単に日本語のコンテンツをアップすることができるという結論にいたった。もちろんイメージはテキストに比べて重いので全体のファイルサイズは大きくなる。これが後にAmazonがAppleに対抗して印税率を引き上げようとしてきた際に行ったルール改訂の根拠となるものである。他の章でもふれたが、Kindle端末ではAmazonが3Gの回線量を負担することになっているが、Appleは(キャリア経由の)ユーザーの負担である。
ここで作成したのが「ひらがなフラッシュカード」と「カタカナフラッシュカード」である。これらはちなみに未だに売れ続けており、最高でKindle Storeのランキングで40万タイトル(当時)の中で上位1%に食い込んだこともある。パブリックドメインものも何故かそれなりに売れた(当時日本語のコンテンツは珍しかったからだろう)のだが、やはりこれらのフラッシュカードが当社のオリジナル作品ということで、小さな成功ながらも筆者はうれしく思っていた。それはシステムさえ構築されれば、将来は約束されたようなものだと思ったからだ。それくらい電子出版事業というのは論理上は「掛け算」で動く世界だと分析したわけである。このシリーズでは後に「小学校漢字シリーズ」を作成するに至った。小学校1年~6年生までの漢字をそれぞれ学年別に分けてフラッシュカードにしたのだ。表と裏のフラッシュカードにするというのは私のアイデアだった。その次にも百人一首シリーズやタトゥー向けの漢字シリーズなどを出版して、3ヶ月くらいすると売り上げも飛躍的に伸び始めた。表紙のデザインが既存の紙出版と同様にそれなりに重要だということにも気づいたし、作品集をつくって大量の数を出せば、作品の知名度とは関係なく、第1作が最初に売れていくということも分かった。これはいける、という確信を持ち始めたのはそのころだった。
しかしここで問題が発生する。アマゾンは革新的なように見えてその実非常に保守的な会社であることが今回の一連の電子出版を通じてのトラブルでよく分かったのだが、その最初のバッドニュースである。まずパブリックドメインのコンテンツの著作権についての開示を求められたのである。それまでコンテンツは出版差し止めだという。この時問題になったのが日本を代表する女性詩人、与謝野晶子の作品群だった。(ちなみに当社はこの時数百に及ぶパブリックドメインのコンテンツを準備中だったので、これは寝耳に水だった)もちろん実際にはアマゾンが要求してくる内容を一つ一つ丁寧に対応していけば問題は解決されることが多い。この時もネットから情報を引っ張り出してきて、英訳したりなどしながら著者の死後50年以上が過ぎており、肖像権などの問題はさておき、著作権としてはなんら問題が発生しないということを伝えた。しばらくしてから、許可する内容の通知があり、一部のコンテンツは無事に出版されたのだが、いくつかは何故か出版されずに未だにコンテンツと売り上げを管理するプラットフォームであるAmazonDTPの画面上でPending(保留中)になったままである。
(AmazonDTPの画像 割愛)
この問題が発生した時が最初の挫折だった。実際これで少し出鼻を挫かれた我々は2ヶ月ほど新タイトルを導入しなかった。そして、その間も日本語のコンテンツよりは英語圏向けに作られた「日本語学習用」コンテンツの方が順調に売れていた。もちろん市場がそちらのほうが大きいので当然の帰結であった。
この次に筆者が目をつけたのが日本語の昔話集であった。このあたり、アイデアはネットを検索すればいくらでも落ちている。私にとって電子出版事業はまさにゴミを宝に変える廃品回収あるいは資源再生事業のようなものだったのである。これには当社が翻訳会社であったことも幸いしたし、もともとオンラインゲームのローカライズをやっている際に培ったデジタル翻訳のノウハウが活かされた。(もちろん元を返せば、社内にあるリソースを有効活用するためにということで電子出版事業に行き当たったのだから当然なのだが)これによって投入されたのが「桃太郎」と「浦島太郎」の二作品で、後に「鶴の恩返し」が追加される。これらにはコンテンツ上の工夫がされており、それぞれの作品には「英語」、「ひらがなのみ」、「漢字交じりの日本語」の3つの異なるバージョンが収録されている。
と、ここまでは一見順風満帆に進んでいるかのようだった。売り上げも対前月比で数倍に膨らむこともあり、コンテンツを極力コストをかけない形で提供して数を増やしていけば認知度もあがり、後は売り上げが膨らむのをまっていれば、各月の末日から45日~60日ほどで入ってくる入金を楽しみにしていればよい。しかも相手は超一流の上場企業なので取りっぱぐれるなんてあり得ない。そう思っていた私は新たな挫折に直面することになる。それがアマゾンの一連のルール改訂騒動である。詳しくは「意力ブログ」に散々書いたので、そちらを見ていただければと思うのだが、アマゾンは英語に加えてフランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語という欧米言語を追加していった際にいくつかの主要なルール改訂を行ったのだが、これらの一つが私の事業の裏目にでることだったのだ。アマゾンはこの際に下記のようなルール変更を一緒に行った。後に物議を醸したのは「印税率アップに伴うアマゾンルールの遵守」ルールだったが、もとからISBNがついたコンテンツを保有しない私にとっては下記の二つのルールのほうがよほど致命的だった。それは、1)複数アカウントを保有している場合は一つに統一すること、そして2)対応フォント以外の言語のコンテンツのアップロードは認めないとしたことだった。(続く)
21 7月 2010
アメリカでKindleが注目され始めて、電子出版に関してまずは個人的に具体的なリサーチを開始して方針策定に時間を費やした。それから実際に筆者が運営するLMDPがKindle Storeでコンテンツを売り始めたは2009年の6月からだった。それからもうすぐ1年が経とうとしている(注:執筆時点)が、電子出版を取り巻く趨勢は一変したと言っていい。その間Kindle Storeでは当社のコンテンツが並び続け、少しずつではあるが売れ続けた。この章では実際に何が行われ、アマゾンとどういうやり取りが行われたのかという筆者なりの「激闘」の様子の一部をお伝えしたいと思う。
まずKindle Storeではインディーズ出版社でも(ISBNをもたない)オリジナルの電子出版コンテンツが発売できることに気づいた私は、何を売るのが短・中・長期それぞれの期間において有益かということを徹底的に試行錯誤した。その末に行き着いた結論はオリジナルコンテンツを作ることと、日本語のパブリックドメインの文学作品を販売することだった。目的はKindle Storeで販売しうるコンテンツの「質と数量」を見極めたかったからだ。古典文学作品の中では、筆者が敬愛する芥川龍之介と夏目漱石にまずは比重を置いた。そして、後に女性文学者を追加しようということで与謝野晶子作品に手をつけた。(後にアマゾンとのトラブルが発生して、一部の与謝野作品は結局アップしたのにも関わらずアマゾン側の「検閲」を通過せず未だに陽の目を浴びていない)そして、オリジナルのコンテンツについてはとっかかりで作りやすいものということで、日本語学習コンテンツを提供することを思いついた。筆者にとって気がかりだったのはアマゾンの返品のルールであり、レビューのシステムだった。
あまりにつまらない作品を世に出しても、とんでもない評価を最初につけられてしまうと元も子もなく、次に続かない。実際に一番最初に考え出したコンテンツは当社のデザイナーが突発的に作り上げた「ひらがな・カタカナ表」だったが後に酷評されてしまい、それからの売り上げは大きく伸びなかった。(しかし価格が安かったので最初の頃はそれでも当社の他の作品よりも売れていたくらいだ)学習コンテンツであれば1週間はキープするだろうと考えた。そして、やるからには自分がクオリティを保証できるものがいいということで、まずは初級者用の日本語学習コンテンツをつくろうとあいなったわけだ。
しかしここでは大きな前提条件があった。日本語のコンテンツが出版できること。ということである。ここで、筆者はアマゾンの規約を詳しく読んでみたがそこにはどこにも出版コンテンツに対して言語を規制するような記述はなかった。(後にこの方針は変更されることになる)AppleのApp Storeの例を見ても明らかだが、このような新規のB2Cのプラットフォーム上においては、ユーザーを獲得すると同時にコンテンツを潤沢に提供してくれるサードパーティ(この場合は出版社、App Storeの場合はデベロッパー)の存在が不可欠だ。筆者はアマゾンはここをもちろん理解していて、サードパーティが儲けられるような仕組みを構築することでKindle Storeを盛り上げKindleの売り上げを増やすことを考えているに違いないと踏んだ。 読みは当たるのか? 続きはコチラ
21 7月 2010
オンラインゲームの課金は大別してサブスクリプションと呼ばれる定額制課金モデルと、アバターやアイテムの購入などでちょっとずつ課金が成されるマイクロトランザクションモデルと呼ばれるモデルの二つに分かれる。通常のMMORPGではまずユーザーはゲームソフトを小売店あるいはオンラインで買い求め、それを自身のマシンにインストールする。時には数GB というような莫大なサイズになるソフトは「ゲームクライアント」と呼ばれ、これをインストールした後にインターネットを通じてデータがアップデートされる。ユーザーは月に数十ドル(あるいは数千円)という金額を支払い、自身のアカウントを維持する。時にはゲームを有利に進めるため、あるいはより楽しみたいために複数のアカウントを所持する者もいるほどだ。しかしである、このモデルはシリアスゲーマーとう限られたパイを狙った過当競争により現在非常に成立しがたくなってきている。ここには人間にとっての普遍的な二つの制約要素の存在がある。それは時間と場所、である。実際にはこれに予算という相対的な三つ目の制約要素が加わり、消費者はこれらの許す範囲内でゲームをプレイすることになる。では実際に市場で何が起こったのだろうか。
実はシリアスゲームの市場を脅かしたのは、同じシリアスゲーム内の競合作品ばかりではなく、カジュアルゲームの台頭だったのである。これは先ほど述べた三つの制約条件を考えた際にカジュアルゲームのほうが遥かに有利だったからである。下記にカジュアルゲームの利点を簡単に述べてみよう。
<カジュアルゲームの利点>
iPhoneやiPodTouch、あるいは低スペックのコンピュータでも動く敷居の低さ
時間と場所を選ばずに携帯端末からプレイできること
ゲーム単価が非常に安い
マイクロ課金のほうが必要に応じて支払えるため固定費削減につながる
多くのゲームを並行して自分のペースで進めることが可能
これに対してMMORPGやFPSはシリアスにプレイしようとするとどうしてもチームでのプレイが必要となってくるので、ゲームというよりはリアルのサバイバルゲームに近い状態になってくる。大きな違いはみんなが集合する場所が現実の地図上の場所ではなく、バーチャルリアリティの世界であるということだけだ。チームプレイをするからにはメンバーが必要で、必然的に同じメンバーが毎日決まった時間に示し合わせてプレイするなどということが恒常的に行われるようになる。これは敷居が高いし、先行者利益が発生することも多いので後から参加する者にとっての心理障壁はどんどん高くなる。またチームでプレイすることから、チーム単位でゲームを乗り換えるということも頻繁に発生しており、ゲームパブリッシャーはゲームを楽しく導いてくれて活気をもたらしてくれる熱心なゲーマーを囲い込むのに躍起になっている。そのため宣伝にかかる費用もハリウッド映画並みの規模になってくるのだが、実際にどれだけのタイトルがコストを回収できたのかというと、恐らく片手で足りるほどしかないのではないだろうか。
そもそもゲームを取り巻く環境はこの20年間で本当に大きく様変わりしており、過去の常識が現在に通用しなくなることが多い。別の言い方をすればそれだけゲーマーという存在が流行に敏感であるということだから、ゲーム業界にいる者は必然的に顧客であるゲーマーの心理を理解することに血道を注いでいる。つまり、ゲーム業界にいる者の多くはゲーマーだということであり、これには経営陣とて例外ではない。実際に全社でゲームプレイを行うイベントなどを開催している会社も多い。こういう活動を通じて社内のビジョンを統一して、興奮を共有するのである。正しくこれらが実践されると経営者と最前線にいる開発者やQC(品質管理)、CS(顧客サポート)担当との間の心理的軋轢も少なくなるだろうことは容易に想像できる。では、出版業界においてこれは同じように機能しているだろうか。少なくとも電子出版において現時点で機能しているとは到底思えない。つまりそれだけ、日本の電子出版市場においてキャスティングボードを握っている人たちと市場の生の声の間に開きがあるということだ。それでは正しくビジネスが成り立つ訳がないことは子供にでも分かることだ、というかむしろ素直で流行に敏感な子供たちのほうが正しくビジネスを理解できるような時代になってきているのかも知れない。 続きはコチラ
21 7月 2010
筆者はオンラインゲームという市場が電子出版市場の動向を分析する上で非常に大きなポイントになるという認識をもっている。これはオンラインゲーム市場は高性能コンピュータというハードとゲームというソフトが課金というプラットフォームを巡って、インターネットという共通インフラ上で戦う激戦場だからである。幸い筆者はこのオンラインゲーム市場において、さくらインターネットの米国法人代表としての立場からオンラインゲームのローカライズ作業という分野を通じて当事者として観察することができた。ではこのオンラインゲーム市場ではこれまでに何が起こり、現在競争はどういう原理のもとに起こっているのかを簡単にまとめてみよう。
オンラインゲームは2000年代の初頭にネットインフラの普及と向上により急速に世界に浸透したカテゴリで、その中身は前述したようなMMORPGやFPS、あるいはRTS(Real Time Strategy)という俗にシリアスゲームと呼ばれるハードコアゲーマー向けゲームのジャンルと、より初心者向けのカジュアルゲームと呼ばれるカテゴリがある。(ちなみにこのカジュアルゲームという名称は「クラウドコンピューティング」と同じように、定義が非常に曖昧な言葉であり、時には意図的に商業操作をされやすい言葉である)オンラインゲームのブームの最初は前者に勢いがあったが、最近ではカジュアルゲーム側にかなり勢いがあるように思う。例えば筆者は家族と一緒によく近郊のショッピングモールにある Apple Store を訪れるのだが、ここでは多くの人々が展示されている iPhone や iPad、あるいは Mac Book といった端末に群がってゲームをしており、これらの多くが App Store 経由で事前にインストールされているカジュアルゲームの類であり、我が家の子どもたちもよく夢中になっている。これはとりもなおさずカジュアルゲームが女性や子供にもやさしい万人向けであるという点であり、iPhoneというコンソール機に比べるとはるかにスペックが低い筐体でも動くゲームであるという点である。
現在市場には主にFlashで動くカジュアルゲームがウェブサイトやSNSに始まり、ネット上のあちこちで見られる。カジュアルゲームがMMORPGのようなゲームを凌駕したもう一つの理由がフレキシブルな課金メカニズムである。大抵のシリアスゲームはその開発に膨大な予算がかかっている。世界で最も成功したMMORPGというと誰しもが思いつくのはブリザード社(現在のActiVision)の World of Warcraft (略称WoW)だと思うが、これらのゲームには数十億円というそれこそハリウッド映画に匹敵する予算が注ぎ込まれている。筆者も複数の開発会社の製作現場のかなり内部まで観察したことがあるが、映像や音楽、ストリーテリングを駆使するこれらの作品は本当に映画のそれと変わらない。だが、結果的にはこのMMORPGという市場は現在あまり主流ではないし、成功例も世界的にはあまり多くない。それは製作と運営に関わるコストがあまりにも莫大であり、それを回収するために必要な課金モデルに柔軟性がないため競争に打ち勝てるのは最大手だけになるという現実があるからだ。「オンラインマーケティングではナンバーワンしか勝てない」という格言がこの市場でも非常に説得力を帯びたものとして聞こえてくる。ではこの課金システムについてもう少し説明してみよう。(続く)
21 7月 2010
かつて大手CPUメーカー「インテル」の創業者であるゴードン・ムーア博士によって提唱された「ムーアの法則」で知られるCPUの急速成長によって支えられてきたIT業界とゲーム業界は密接な関わりがある。そして、ここに常に時代の先端を走る産業が大きく関わってくるが、それがアダルト産業である。インターネットというインフラを通じてこれら3つの業界はすでに熾烈な競争を続けてきて、昨日までの敗者が今日の勝者になるというような、まさに日進月歩の世界で揉まれてきた彼らはこの時代のビジネスを生きていくのに最も必要な要素の一つに「スピード」があることを決して疑わないだろう。つまり、裏を返すとこれらの産業の(そう遠くもない)過去と出方を伺えばこれから電子出版市場で起きてくるであろう事象も予測することができる可能性が大きいということだ。
ここで少し話はそれるが、筆者の分析についての見地を説明する上で、私が日本で初めて経験した社会人体験について少し触れさせていただく。筆者はアメリカの大学を卒業してからしばらくニューヨークでOPT (Optional Practical Training – 職業訓練) の期間を経て2000年の春に日本に帰国したのだが、郷里の大阪には筆者がそれまでに培った唯一のスキルといってもいい英語力を活かせる職場というのがあまり多くなかった。その後登録した人材バンクを経て記念すべき日本で(アルバイト以外での)最初の就職先となったのが、サードウェーブという秋葉系の自作PC用パーツショップを運営する会社だった。大阪は19歳まで筆者が生まれ育った土地であり、土地勘などの勝手はもちろんあったが社会人というのはこうも勝手が異なるものかと混乱することしきりだった。特にいわゆる帰国子女として日本に戻った際には就職活動中に、それが余計な偏見や本当ではない印象を与えているという実感があったが、もちろん私自身もアメリカの合理主義は自由な考え方に大きく影響を受けていたので、久しぶりに経験する日本の保守的な環境に自身を適応させることの難しさを感じながら生活を続けていた。
しかしこの最初の職場で本当に多くのものを得ることができたし、後に米国に帰ってくることができるようになったのもここの職場でできた人間関係によるものであるので、当時若い筆者を世話してくださった先輩や上司の皆さんには頭が上がらない。当時はまだインターネットもフレッツISDNが普及し始めていたところで、秋葉系という言葉も今ほどは認知されていなかった。しかしながら、この時代にはすでにビットバレーに代表される後の日本のIT系を支えるような人材が確実に育ちつつあったのである。この職場では購買職として貿易の仕事を学んだ後に、職場が閉鎖されて以後それぞれ新品と中古品を扱う別の店舗に移籍となり、それぞれの現場でかなりハードコアなメンバーに囲まれて研鑽の日々であった。この時に筆者の現在の知識を支える下地ができていたということはいうまでもないが、それ以外にもこの時にはすでに増殖中であった技術志向でよく言えば実力主義、悪く言えば「弱肉強食」的な論理がまかりとおる秋葉系の人たちについて学び接し方を覚えたというのが大きな収穫だった。その後転職したのは日本でも最大手にあたるPC周辺機器およびアクセサリーメーカーであるエレコムであったが、入社するまでにはすっかり周囲の目には自身がその「秋葉系」のカテゴリに属していたようだ。
話を元に戻そう。ムーアの法則は主にCPUのチップ性能についての理論であるが、コンピュータのスペックを作用する重要なチップの一つにグラフィックカード(あるいはビデオカードとも呼ばれる)のスペックがある。一般的にコンピュータ用語で「重要品」と呼ばれるのはCPU、マザーボード(基盤)、HDD(ハードディスク)といった代表的なパーツである。最近でこそ主流は省電力のCPUがもてはやされるようになってきたが、筆者が製造業に従事していた時はCPUではインテルとAMD、グラフィックカードではnVidiaとATIが熾烈なスペック向上合戦を繰り広げている時期だった。(もちろんこれは今でも続いている)
しかし消費者も徐々に事情が分かってくるようになり、新規にPC(マックでは自作が一般的ではないのでここではPCとするのが妥当だろう)を購入する際にはできるだけオーバースペックにならないように配慮するようになってきた。そうなるとメーカー側はできるだけ、スペックが過度ではないということを証明できる材料を準備するようになり、その売り込みに最適だったのがゲーム産業だった訳である。日本ではゲームというとコンソールと呼ばれる家庭用ゲーム機が主流であり、現在ではWiiやPS3、XBOX360がそれにあたるのは皆さんもご存知のとおりだ。これが欧米になるとPCゲームの比重が高くなり、特にアメリカにおいては実際に日常で起きている戦争についてのネガティブなイメージが少ないのか、それを支援するために敢えて支援的なムードを醸し出しているのか知れないが、FPS(FirstPersonShooter)という一人称視点型のシューティングゲームが盛んである。(かつてはカウンターストライクというのがその代表的な作品であったし、今ではコール・オブ・デューティやバトルフィールドなどが人気)
また部品のスペックが向上するとそこには必ず熱問題が発生するので冷却産業も大きな市場へと成長した。(筆者が後にアメリカに戻ることになった時も英語のKAMIKAZEと社名をもじってネーミングされた鎌風(カマカゼ)という独自のCPUクーラーを売り込むのがミッションだった。この時にいたサイズという会社は今では秋葉原系自作パーツメーカーの最大手の一つである)CPUにはソケットと呼ばれる独自のインターフェースがあり、ブランドによっても同ブランドのCPU世代間によってもこれが異なるため、常に研究開発を余儀なくされる。したがって製品寿命も非常に短い。アメリカで販売しようと思って下準備をしていたら、船便の貨物が到着する前に次のCPUがでて製品が陳腐化してしまったというような笑えない話が日常茶飯時の世界である。このただでさえ競争が激しい世界で、PCのスペックを恒常的にアップする必要があるためにパーツ業界から篤い支持を受けているのがこのFPSとMMORPG (Multi-Massive Online Role Playing Game)に代表されるオンラインゲームであった。 (続く)
21 7月 2010
(注:この項はブクログがパブー(電子出版サービス)を開始する前に書かれたものです)
電子ブックに関するディスカッションで時折登場する話題の中にいわゆる「コレクター心理」というものがある。これは例えば本やマンガが本棚に並んでいること自体に満足感を感じるというものであり、またこれは時には他人に対する優越感であったりもする。本の時代は長く続いているので、もちろん古書の市場やビンテージマンガ、絶版本のコレクターなども存在するわけである。彼らの言い分としては、電子ブックだと「所有している」気がしない、というわけだ。もちろんいつまでこういう意見が一般的であり続けるかは分からないが、筆者も俗に言う「本の虫」として育っただけにこの心理はよく理解できる。
何を隠そう私も、誰かの家にお邪魔した際に本棚が見えるとすぐに中身が気になってついつい除いてしまう。本棚は大抵の読書家にとって自分のアイデンティティともいえるほどの意味をもつものだ。しかし、この一方、例えば都内のワンルームマンションに住んでいる、私の高校時代からの親友のように増え続けるマンガの蔵書に部屋のスペースがどんどん占有されていき、置き場に困っているという人も多いと思う。このことを考える度に筆者がいつも思い出すのがブクログというサービスだ。これはペーパーボーイという会社の家入さんという社長さんが独自にスタートされたサービスで、立ち上げは2004年。ブクログでは仮想本棚を作成して、そこに自分が過去に読んだ本を登録すると、アマゾンから画像を引っ張ってきて画面に表示される。その後、読後録やレビューを書くのだが、アフィリエイトやブログパーツの機能もあり筆者はかなり昔からこのサービスを地道に愛用している。誰かに見せるため、というでもなくほとんどは自分のためだ。
ご覧になられた方はApple のiBooks のプレゼンテーションを思い出されるかも知れないが、ブクログはこのサービスをずっと前からやっていた。同じような時期にアメリカには似たようなサービスがなかったので、私自身が(なんとなく名前が似ているので勝手に親近感をもっている)家入氏に連絡してアメリカでもスタートしませんか、という風に持ちかけようと思っていたくらいだ。日本では最近「本棚.ORG(http://hondana.org/)」などの類似サービスも始まっているので、画面くらいは見られた方は多いかもしれない。このようなインターフェースでもって実際に本をもっていなくても、コレクター心理を満たすことが可能になった。もちろん実際にどうしても紙でもっておきたいというものがあれば、それを止める理由は一切ない。要は使い分けが生じるだろうというだけのことだ。例えば先日角川ホールディングの代表角川暦彦氏が出版したクラウド時代と<クール革命>は同書が一般書店で販売されるまでの間インターネット上にて完全無料で公開されていたのは記憶に新しい。私も海外在住の身でありながら無料公開の恩恵にありつけたので読ませてもらったが、あまりの面白さに読み終わった後には逆に購入を決めてしまい結局日本出張の折に普通に書店で一部購入させて頂いた。DRMなどの議論が動画や音楽などに比べて書籍においてあまり意味をなさないのではないかと思われる理由の一つがこのようなコレクター心理であり、また本というメディアがこれまで一番デジタル化がしやすい媒体であったのに最も遅れてでてきたということであるのではなかろうか。