31 10月 2010
何故電子出版の専門家がでてこないのか
日本はありとあらゆる専門家で溢れかえっており、多くはテレビや雑誌などのマスメディアに出ることで有名になっている。しかし、これまでのところ「電子出版」の専門家というか権威という人物はそうそうでてきていない。これはどうしたことか。新しいジャンルにおいて専門的知識と経験を基に「第一人者」や「先駆者」と呼ばれることは非常に名誉なことであり、メディアの脚光を浴びる絶好のチャンスである。にも関わらずまだまだこういう専門家が少ないのにはわけがある。それは簡単にいうとこの市場がまだまだ未知の世界であり、今後どう発展するか検討もつかないという人があまりにも多いこと、そしてもう一つはこの分野がデジタルとアナログというハイブリッドな知識と経験を要すること
である。(むしろデジタルが少し強いのは「電子」の部分からも見て取れる通りである)
これまでに数冊の電子出版に関する書籍がでているが、Kindle登場以前と以後では全く状況が違っているわけでいわゆる「電子ブック2.0」的な内容を語ろうとした場合にはこれらの多くが大した意味をなさなくなっている。そういう点では2009年以降に出版された書籍を書いた著者、そして日本で大々的に電子出版事業を手がけている方たちがいわゆる第一人者としての地位に一番近いかも知れない。しかし、実際には彼らの多くは実業を経験していないか、あるいはしていたとしても、肝心のKindleやiPadといったいわゆる垂直統合型モデルで構築されたプラットフォームでコンテンツを販売している者は少ない。筆者は2009年春頃から100以上のコンテンツ(申請したものはもっと多いがアマゾンに拒否されたものも数多い。理由は後ほど説明する)を販売してきているささやかな実績がある。
数量はもちろん既存の出版に比べると大したことはない。しかし、そこから得られた知識と経験というのはリアルなそれである。この本を書くきっかけの一つは、アメリカという遠い地から日本を眺めながら、実際の経験にあまりにも乏しい人たちがしたり顔で電子出版の今後について話すときに感じたどうしようもない違和感だった。例えばiPhoneの時もそうだったが、Kindleの時でも実際に購入して日常的に使用しているわけでもなければ、手に取ったこともない、ましてや自身でコンテンツを出版したことなどさらさらない、といった人物がネット上や雑誌などの媒体でコメントをするのが日本中に広まっていく。これ自体はこれまでにもよくあったことで、問題はないとされるかも知れないが、こういう世論が国土が狭く文化的にも人種的にも限りなく単一な日本という国を独裁するのに手馴れているマスメディアによって標榜され、実際のビジネスチャンスを損失し、ひいては国益を損失することにつながっていくという点を、筆者はこれ以上看過できないと思ったのである。
これが顕著に現れている例として、これだけ電子出版や電子ブック、イーブックという名前が騒がれるようになったのに、いまだに日本語対応の専用端末(電子ブックリーダー)が存在しないという事実がある。(*本稿はガラパゴスが出てくる前に書かれています) 筆者はキャリアの半分を製造業に、そして残りの半分をITとコンサルティングの世界に身をおいたものとして、この事実の背景とそれがもたらす中期・長期的な観点での機会損失を痛いほど理解できるのである。あまりに痛かったから、書かざるを得なくなった。というのが本音の部分だ。これまでのブログや雑誌への寄稿、ネット上でのコラムの執筆などとは異なり、本書は筆者にとっては書籍という形での処女作である。もともと出版業界の人間でもないし、特別な訓練を受けたわけでもない。しかし、一人の日本を愛する者として、そして国語をこよなく愛するものとしてできるだけの誠意を込めてかいたつもりである。
21世紀に求める「知の復興」
「紙」から「電子」に変わっても、やはり出版市場である限りは今後できあがる電子出版市場においても「コンテンツが王様」であり続けるはずだという論議を何度も繰り返させてもらった。しかし、どの王様を担ぐかを決めるのは実は市場であるという点で、ここでいうところの「王様」はいわゆる絶対王政の王様ではなくて、いわば「民主主義で担がれる王様」であるというのが筆者の一つの意見である。20世紀は戦争の時代だったが、その後に続く21世紀はその戦争の破壊から新たな価値観が生み出される「革新と再創造」の時代ではないかと思う。ヨーロッパで、中世にルネッサンスと呼ばれる文芸復興の運動が盛り上がった背景に、間違いなく活版印刷を通じて刷られた書籍が活躍したのと同様に、電子出版というのはこの新しい時代の大きな革新の波を支援する一つのツールと成り得る。
この意義を理解しながら、これまで起こったデジタル化の波に続くものであるという理解は正しい理解であるかも知れないが、電子出版には電子出版の意義があり、デジタルコンテンツだからといって、毎回同じ方程式を適用すれば成功するというような考えに傾倒しないようにも注意する必要があるのかも知れない。(それほどまでに書籍というのは精神を支えてきたし、革命を支えてきたものであるというのは世界のベストセラーの一位と二位が世界宗教の経典で第三位にランクインしているのが「毛主席語録」であることからも伺い知れる。「ペンは剣よりも強し」という言葉は取りも直さず本や「言葉」がもつ大衆への影響力の強さを示す言葉でもある)
特に本書で用いたような「次元が変わる」という形容がぴったりの革新的な変化については、従来の発想ではまったくついていけない事態に陥る。これはビジネスをするものとしては致命的な落とし穴がそこに仕掛けられているのを知らずにその上をためらいもなく歩くようなものだ。筆者は本書を執筆する際に、単なるジャーナリズムとしての観点というよりも実業を手がけるビジネスマンとしての観点を常に忘れないように筆を走らせたつもりである。これは何よりも私自身が「気づいているつもり」の落とし穴に陥らないようにするためである。サブプライムから始まり、リーマンショックで拡大したこの未曾有の世界恐慌の中、多くのビジネスが指針と自信を失い、これまで安心しきっていた大企業の従業員は大きな不安を抱えているが、同じように一人一人の経営者もそのような暗中模索の不安を抱えている。
筆者自身も5人の扶養家族と少数の従業員を抱える身であるし、この不況をどう乗り切るかということについて真剣な試行錯誤を繰り返し、また多くの経営者との討議を重ねてきた。私の見通しが甘いせいで、周囲に多大な迷惑をかけたことも多く、この場を借りて周囲の方々に篤くお礼を申し上げたい。特に私のワガママを受け入れて、支え続けてくれた妻には誰よりも感謝しているし、訳も分からずガムシャラにサポートし続けてくれたスタッフにも同様だ。本当にありがとう。またこの機会に改めてアメリカに滞在できるきっかけを与えてくれた両親と、それに近い存在の二人、リチャード藤田氏さんと小出次人さんにも改めてお礼を言いたい。またいつも適切な助言と支援をしてくれる吉田宣也さんと経営者仲間の秋山昌也さん、大学時代からの腐れ縁で、電子出版についてもリサーチなどをヘルプしてくれたり、ブログを書き続けることを応援してくれた竹内康浩(ヤス)君の三人にはこの過去一年間心の支えになって頂いたことに、心からお礼を言わせて頂きたい。 続きはコチラ
30 10月 2010
うちのタエちゃんこと愛妻はとっても洋服の趣味がよい。で、4人の娘たちにもいつもうまく安上がりに、可愛い服を着せるので学校でも評判なのだが、そんな彼女の狙いが見事功を奏したというお話。
コミュニティで集ったハロウィーンパーティにて、仮装コンテストが開催されたのだが、そこの子供の部で見事我が家の双子が受賞した。題目は「マデライン(Madeline)」 これは本からアニメにもなったシリーズで、教会の孤児院で育つ12人の女の子たちの話らしい。(筆者は知らなかった)
それぞれの部で3組ずつ候補が選ばれ、そこから聴衆の拍手で優勝が決まるという仕組みだったのだが、何と、3組のうち2組が我が家からだった。参加者は30名以上いたと思うので、かなり目立ったということだ。えらいぞ、タエちゃん!!(ちなみにこの写真では背後にかわいい孔雀の格好をした長女も写っている)
もう一組の恐竜も衣装もさることながら、立ち居振る舞いがとても可愛かったのが印象的だった。

そこでの拍手の量で、双子が見事優勝した。副賞はジャンバ・ジュースのギフトカードだった。他の友達の家庭も家族部門で優勝したりと、なんともめでたい日だった。またコミュニティ向けダンスレッスンもあったので、久しぶりに夫婦ワルツ+スイングを3時間練習することができ、楽しかった。(疲れたけど)
ただの親ばか記念エントリーでした(笑) ハッピーハロウィーン!!
29 10月 2010
毎年恒例の小学校での仮装行進の写真をお届けする。





親バカエントリー連発で恐縮です(笑)
28 10月 2010
現在北米ソーシャルメディア最新事情を伝える本を執筆している途中で、どうしても見ておきたくなった 「The Social Network」(邦題:ソーシャル・ネットワーク 配給:ソニー・ピクチャーズ。
近くのAMCシアターの深夜上映に行ったら、何とこの映画を観ている人が他にだれもおらず、人生初の「映画館貸切状態」だった。
多分、後にも先にもこんなことないと思うので、そういう意味でも、鑑賞前から私の心に残る映画となってしまった(笑)
今や5億人という途方もないアクティヴユーザーを抱える、まごうことなき世界一のSNSを立ち上げた創設者というのは、一体どういう人物なのだろうか。そして彼がそれを立ち上げるきっかけになった理由とは?
ご存知の通り、これはフェイスブックの若き創業者である、マーク・ザッカーバーグとフェイスブックの創業の物語をテーマにした映画である。全米で封切になるやいなや、全米での初動売上は2300万ドルとも2500万ドルとも言われ、オンラインのレビューサイト(MetacriticやRotten Tomatoesなど)では現時点でもかなりの高評価を得ている。日本では来年の1月15日から公開が始まる。配給元は最近何かと縁のあるソニー傘下のソニー・ピクチャーズ。
全米屈指の名門大学ハーバード在学時にわずか19歳にして、フェイスブックを立ち上げるにいたったこの素晴らしい起業家は西の名門スタンフォード大学で講演した際に、この映画についてコメントを求められて、脚色が多く立ち上げの動機などが異なるという話をしたそうだが、衣装などはそのまんまだという。そんなことを聞いていたので、衣装ばかり気になったのだが、つまり普通のカジュアルな学生スタイルということだ。(ちょっとダサイ感じはするが、服装に普段無頓着な私が言える義理ではない) 東に比べるとカジュアルな西海岸の学生はああいう感じが一般的な気もする。パーティなどでもそうかどうかは別として。
で、肝心の映画の内容はといえば、主人公のマークなど実在の人物が大学在学中にどういう経緯でフェイスブックを立ち上げるにいたったか、ということについて、ほとんどの人が知らないであろう裏話をたくさん盛りこんで華やかなものにしている。特に異色のキャストとして、音楽共有サービスのナップスター (Napster) を立ち上げたショーン・パーカー (Sean Parker) の役をハリウッド音楽界でもとびきりの人気者であるジャスティン・ティンバーレイクが演じて、かなりいい味を出しているのも見所だ。
本邦未公開ということもあり、あまり多くを話したくないが、地味で早口で人付き合いのあまり上手でない(要は典型的なオタクということだ 笑)、しかしとんでもない天才が必死の努力を続けて、斬新なアイデアを少しずつ現実の形にしていくというあたりは非常に現実的な話だ。特に、フェイスブック(同窓会名簿の意)がハーバードのキャンパスで立ち上がり、周囲の大学に勢力を伸ばしていったというあたりは、日本でも慶応大学などで立ち上がり、盛り上がっていったミクシィやグリーの軌跡と似通った部分がある。IT関連の起業家には特に観ることをお勧めしたい。アメリカンドリームを実現させるアメリカのハリウッドらしい、映画だと思った。
ただ、主人公の話し方のみならず、ストーリーの展開が(過去と現在を行き来しながら)全体的にかなり速いのでフェイスブックやインターネット、アメリカの大学名などある程度の予備知識をもっていないと、ついていくのが難しいかも知れないので、そういう方にはフェイスブックやSNS一般に関しては勉強してから行かれたほうがより楽しめるかも知れない。上記に述べた西の名門スタンフォード(今ではハーバードが東のスタンフォードと揶揄されるくらいまでの名門となった)も登場するし、イェールやコロンビアなどのアイビーリーグ(米国東海岸の名門大学の総称)の大学名が頻繁に登場する。
(*本エントリーは日付を遡って鑑賞した日付で投稿されています)
27 10月 2010
チャイニーズレストランに行くと最後にもらえるフォーチュン・クッキー、いわばおみくじみたいなもんだが最近これでいろいろ面白い話がある。
後日談はまた本が売れて有名になった時にでもしようかと思ってるのだが(笑)、今回のは面白かった。

くれたのは女神だ、と祈りたい(爆)
27 10月 2010
全米ツアーをしているPlaying for Changeだが、いよいよ本日の午後7時半からLA公演が始まる。
というところで、急に昨日会場が変更になったらしい。ご注意を!

チケットはコチラから、まだ残席はある様子。
27 10月 2010
少し前に告知したPlaying for Change LA公演に参加してきた。大人気で無料チケットは手に入らないと言われていたのだが、向かっている間に事情が変わったらしく、大学時代からの大親友でこのツアーにクルーとして参加しているヤス君がチケットを手配してくれた。行ってみるとVIPチケットで、二階席から鑑賞できたので感動したが、二階は人が少なかったので、後半は熱気を味わいたくて下に降りていった。
参加者数は400名くらい、と極端に多くはないが、ハリウッドの老舗ライブホールは熱気で一杯になった。
途中で、客席に板ハリウッドの某有名俳優がステージにあがると、ファンたちのみならず、パフォーマーも多いに盛り上がった。
iPhoneで撮ったので暗すぎて何も映っていないが、この革新的なプロジェクトのプロデューサーであるマーク・ジョンソンとのツーショットを掲載。インタビューをすることも決まった。現在執筆中のソーシャルメディア革命にぜひとも盛り込みたいと思っている。

関連エントリー
プレイング・フォー・チェンジ (Playing for Change) のプロデューサー マーク ジョンソンを直撃インタビュー
26 10月 2010
少し間が空いてしまったが、結果としてはこのように世界最大のソーシャルメディア・コンファレンスのブログワールドエキスポ2010に参加したことは筆者にとって大きな収穫となった。執筆に関する問い合わせや、メディア掲載などのチャンスも舞い込んでくるようになったし、ソーシャルメディア・ブロガーとして先駆者的な地位を築く上で、個人的に重要なマイルストーンであったように思う。ソーシャルメディアの世界では、誰かの指示を待っているわけにはいかず、自身の「アンテナ」を頼りに突き進むしかない。そのアンテナの精度を高めてくれるのが、マーケティングリサーチである。それは自分のブログのアクセスを分析するところから始まる。自分が目標としている読者層が一体何を求めているのか、そしてそれに対してどうアプローチするのが効果的なのか、を考えていく上で自分自身をよく知らなくてはいけないし、何よりも楽しんでやるのが重要である。
もう一つ重要なことは、決して失敗を恐れずに、誰も注目してくれなくともコツコツと努力を積み重ねることだ。これがなくして、ソーシャルメディアの下地は築けないと思う。大手であれば、取り上げられることが決まればそれで耳目が集まる。しかし、ソーシャルメディアでは、情報発信の主体は小さな小さな「個」の集まりである。アメリカという地でソーシャルメディアの道を歩む筆者にとっては、日本にいる方々にとっては地の利を活かしやすい。しかし、それとて考え方の一つに過ぎず、例えあなたがどこに住んでいようとも、何をしている人であろうとも、たゆまぬ努力でもって情報を発信していくに値するだけの情熱を注ぎ込めるトピックをもっていたら、それを諦めずに続ければきっと道は開けてくる。まだ公に出せない内容が多すぎるのだが、この秋は筆者にとっても、大きなマイルストーンを通過していく時期だった。そのタイミングでこのようにブログワールドの特集をほぼ単独で組めたことは、偶然といえば偶然だし、必然といえば必然である。それはどうでもいいことだ。
掲載するタイミングがなかったクラウト (Klout)のCEOのジョー(Joe Fernandez)や今回の一大イベントを見事に仕切ったブルグワールドのCEOである、リック(Rick Calvert)との写真を掲載する。リックとのインタビューはまた少し形を変えてレポートさせて頂きたいと思っているが、その掲載場所はもしかしたら本ブログではなく、もう少し人目にふれる場所なのかも知れない。

クラウトのCEO Joe Fernandez(中)と” title=”クラウトのCEO ジョー・フェルナンデス (Joe Fernandez)(中)と

ブログワールドの主催者 リック・カルヴァート (Rick Calvert) とのインタビュー直後
(レポート 終)
<関連エントリー>
BlogWorld Expo2010 レポート13 ~SONY 2~ ソーシャルメディア担当を直撃インタビュー!
BlogWorld Expo2010 レポート12 ~SONY 1~ 究極のゲーム用ヘッドセット体験!
BlogWorld Expo2010 レポート11 ~年収5千万のカリスマブロガー John Chow~
BlogWorld Expo2010 レポート10 ~EXPO会場の風景2~
BlogWorld Expo2010 レポート9 ~SONYのインターネットTV(Google TV)デモ動画~
BlogWorld Expo2010 レポート8 ~EXPO会場の風景1~
BlogWorld Expo2010 レポート7 ~キーノートスピーカーの顔ぶれ~
BlogWorld Expo2010 レポート6 ~カリスマ・ポッドキャスター Cali Lewis からのメッセージ~
BlogWorld Expo2010 レポート5 ~アメリカギーク界のアイドルCali Lewis独占インタビュー後編~
BlogWorld Expo2010 レポート4 ~アメリカギーク界のアイドルCali Lewis独占インタビュー 前編~
BlogWorld Expo2010 レポート3 ~開幕初日~ コンファレンスデー
BlogWorld Expo2010 レポート2 ~開幕初日~ コンファレンスデー
BlogWorld Expo2010 レポート1 ~開幕初日~ コンファレンスデー
BlogWorld Expo2010 レポート0 ~Luxor Social Rewards ローンチ
25 10月 2010
武内は日本では理系出身なのだが、アメリカに留学した時には訳あってまったく違う専攻になった。地理学部までは柳田と同じだったが、マイナーといわれる専門が違った。環境政策学を学んだ柳田に対して、どちらかというと人間嫌いの武内は生物地理を選択した。まだ二人が二十代だった当時、武内が何度も永住権を取ったらパークレンジャーになるんだと言っていたことを柳田は昨日のように覚えている。この武内にはまだまだウィキの世界の裏側が見えていないようだ。もちろんここまでの話は正論ばかりであるから、何も反駁する必要がないとは思うが。実際にウィキを取り巻く環境というのは本当に奥が深い。
「そこまで聞いてる限りでは何も問題ないように聞こえるんだけどなぁ。」
と一見して善人にしか見えない武内が答えた。最近はまっているゴルフのせいで肌は真っ黒に日焼けしているが、彼を見て悪人だと思う人間はまずいないだろうと思えた。その癖、柳田が知っている十何年という間、浮いた噂の一つも聞いたことがなかった。もっとも柳田もそういうところには特別気も使わないのだが。
「それはあくまでもルールが正当に守られた場合だ。しかもこのルールというのがどちらかというと、スポーツのルールって感じでもない。何て説明したらいいんだろう。」
柳田はうぅむと少し考え込んだ。考え込む際に顎の下に少し手を置いて首を前方に傾げる癖があるのは彼のトレードマークとも言えた。
「いい例が思いつかないんだけども、例えばウィキを格闘技としたら相手と自分で同じルールで戦っているはずのように思っていたら、相手のほうが自分をやっつけるのに向いているルールをいくつも余分に知ってた、みたいな感じ。やられたほうはやられてから気づく、みたいな」
説明している柳田本人もしっくりはいっていない様子だったが、話された武内のほうもまったく同じような印象を受けた。何となくは分かるのだが、よく意味が分からない。
「違うなぁ。実際には法定論争というのが一番ぴったりくるんだよな。そう、ウィキは法定論争なんだ。項目の執筆者は被告、例えばそれを擁護しようとする俺たちは被告側の弁護人、勿論自分が被告の場合もある。そしてウィキの編集者は原告側の検事であり裁判官だ」
今回は少し柳田も当を得たり、という顔だった。
実際にこの例はずっと柳田も思い描いていたことだった。ウィキの編纂というのはあたかも弁護士のような作業だ。正当性をうまく主張しなければすぐに削除されたり、編集の根拠を問われたりする。日本にいた19年間は国語少年で鳴らした柳田であり、中学校までは弁護士になりたいと考えていたくらいだったので、このウィキのロジックについていくのはそれほど苦ではなかった。だが、一般のどれだけの人々がこのロジックを理解し、またついていけるかどうかというのは甚だ疑問だった。オープンなようでオープンではない、それがウィキペディアだと感じていた。少なくとも日本版は。もっともそうでなければあちこち荒らされてしまって体をなさなくなるということもよく分かっている。
武内はポケットに入れていた携帯が鳴っているのに気づいた。そっと調べると電話の主は今話している当人である柳田の妻、恵子であった。もちろん柳田とは竹馬の友である武内であるから、妻ともそれなりに面識やつきあいがあった。武内は黙って電話を留守番電話に転送した。
22 10月 2010
先日のブログワールドエキスポ(BlogWorld Expo)ではメディアとしてではなく、私自身もソーシャルメディアブロガーとして非常に貴重なレッスンをいくつも学ぶことができた。
ソーシャルメディアの世界は「個」が情報を発信するところであり、競争する相手はマスメディアではなく、他のブロガーだったりインフルエンサーになる。しかし、まだまだソーシャルメディアの世界は飽和しているような状態ではないので、自分のニッチを見つけるのはそれほど難しくはないだろう。どちらかというとブロガー同士が共生しあって、お互いのサイトに読者を誘導したり励まし合ったりするような時期がしばらく続くことになると思う。
現在ソーシャルメディアの本を2冊執筆中なのだが、私自身も今後力を入れていきたいソーシャルメディアプロデューサーとしての新プロジェクトを考えてみた。
それがずばりサウスベイ・ラーメン村構想だ。日本にも会津や札幌などラーメンで有名な地域はあるが、筆者が住むトーランスという町にも日本人が多い関係でラーメン屋が乱立している。それ以外には寿司屋も、そして面白いことにマッサージ屋も増加している。サイトの立ち上げにはユニークなドメインを取得することがSEO的にも有効な手法であり、この点でちょうどいいドメインが空いてた、RAMENVILLAGE.com! (そのまま) ということで早速立ち上げた。
ソーシャルメディアを利用するには地域に根ざしたネタを探す必要があるので、この点である意味村おこし的な意味合いももつだろう。このサイトではいわゆるラーメンだけではなく、ベトナムのPhoとかハワイのサイミンとか、台湾ヌードルなどのヌードル・スープを全般に扱っていく予定。週末はラーメン食べて、お寿司食べて、ついでにマッサージまで受けられてしまう、このサウスベイという田舎町(失礼)をもっと近郊のアメリカ人によく理解してもらうためにもこのような試みが必要なのではないかと思った次第。
もちろんシステムはNingだ(バカの一つ覚えみたいだが、Ning専門家としては仕方ない だって簡単なんだもん 笑) ここまで数時間でできてしまうNingは素晴らしいと思う。
ということで、LA近郊の方も、昔住んでた方も、あるいはそうでない方も、興味のある方はぜひともご参加ください!
えっ、収益はどこから来るかって? プランはあるので、まずはアクセスを集められるかどうかをやってみて、それから考えるとする。(Ningは1ヶ月無料だから、初期投資はドメイン所得の1000円くらいだけだし)