Archive for 11月, 2011

12月1日に世界銀行東京事務所のフェイスブックページが立ち上がりますが、それを記念したパブリックセミナーが12月2日(金)の午後4時から内幸町にある富国生命ビル10Fの世界銀行東京事務所で開催され、そこにメインスピーカーとして登壇します。世銀の広報担当官としての公的な立場で講演をするのは今回が初めてですので、私自身大変思い入れのあるイベントになっています。

講演内容
「開発とソーシャルメディア」をテーマに、Sinsai.Infoという素晴らしいサービスを立ち上げて震災後に大活躍された関治之さん(Georepublic代表)、そしてJICA(国際協力機構)の広報担当の友成晋也さんという豪華な顔ぶれでソーシャルメディアと開発問題についてのプレゼン及びディスカッションが行われる予定です。友成氏は主にSOS AFRICAというアフリカ支援のプロジェクトについて語られる予定です。


世界銀行東京事務所の告知
より

お申込みはコチラより

世界銀行パブリックセミナー「開発とソーシャルメディア」
~世界銀行東京事務所フェイスブック(日本語版)立ち上げを記念して~

世界銀行は日頃より開発に関する知識や知見の共有と発信に努めていますが、特に昨今普及の目覚しいソーシャルメディアの活用にも注力しています。世界銀行東京事務所ではこれまでもツイッターやEニュースによる情報発信を行って参りましたが、来年10月に世銀・IMF総会が日本で開催されることも踏まえ更なるソーシャルメディアの活用として、12月1日にフェイスブックページ(日本語版)を立ち上げることとしました。この機会に、世銀が取り組むソーシャルメディアの活用法について御案内するとともに、ソーシャルメディアの潜在力が途上国の開発に果たす役割について議論するセミナーを開催致します。ソーシャルメディアの専門家や援助機関の担当者をお招きし、具体的な事例も披露しつつ皆様の活発な意見交換の場となれば幸いです。奮ってご参加ください。
日時

2011年12月2日(金)午後4時~午後6時

場所

世界銀行東京事務所・東京開発ラーニングセンター
東京都千代田区内幸町2-2-2 富国生命ビル10階
地下鉄三田線内幸町駅直結、千代田線・日比谷線・丸の内線霞ヶ関駅C3出口下車
地図 http://go.worldbank.org/6V3IDW6BV0

スピーカー

立入 勝義(世界銀行東京事務所ソーシャルメディア担当官)
関 治之(Georepublic代表)
友成 晋也(国際協力機構 広報室広報課長)

スピーカープロフィール

立入 勝義(世界銀行東京事務所ソーシャルメディア担当官)
2011年10月より世銀東京事務所勤務。それ以前はソーシャルメディア・プロデューサーとして個人や企業のブランディングを手がける。著書に「ソーシャルメディア革命」「検証東日本大震災 そのときソーシャルメディアは何を伝えたか?」など。UCLA地理/環境学部卒 

関 治之(合同会社Georepublic Japan CEO / sinsai.info 総責任者)
大手ソフトハウスで金融系システムの構築などに従事後、スポーツや音楽などのコンテンツプロバイダで様々なメディア立ち上げのプロジェクトマネジメントを行う。位置情報を活用したメディア(ジオメディア)の普及を目的としたジオメディアサミットの主催者。東日本大震災後、復興支援プラットフォームサイトsinsai.infoの総責任者として運営に携わる。sinsai.infoは、平成23年度の情報化月間推進会議議長表彰を受賞。

友成 晋也(国際協力機構 広報室広報課長)
2008年10月よりJICA広報室広報課勤務。2010年7月より国際機関、NGO、公的機関、企業などによる国際協力のプラットフォーム「なんとかしなきゃ!プロジェクト」の事務局責任者として関わる。同プロジェクトの一環で、本年7月より東アフリカ飢饉のキャンペーンを開始し、JICA初、公的機関のキャンペーンとしても初となるフェイスブックを活用した広報を展開している。

会場は世銀東京事務所の大会議室、大きなところなのでまだまだ入ります。平日の夕方ではありますが、開発系とソーシャルメディアという観点でのセミナーはまだまだ珍しいと思いますので、興味有る方は奮ってご参加ください!

11月29日にネットスクエアード東京で講演をします。

ネットスクエアードに参加するのは初めてなので、楽しみにしています。
私が立ち上げたNPO団体、Charity Globeを巡る紆余曲折や、Playing for Changeの話なんかもコミュニティ形成の難しさと交えてお話ししたいと考えています。
よろしければぜひご参加ください。

お申込みはコチラから!


■テーマ
『意思とパッションを持った情報発信とコミュニティつくりとは』

■日時:11月29日(火)19:30 – 21:30 予定 *希望者は懇親会有
■場所:ちよだプラットフォームスクウェア会議室 501&502
www.yamori.jp(最寄り駅:竹橋、大手町、神保町、神田)
■参加費:
前売:2,000円
当日現金でのお支払いの場合:2,500円
(会議室・器材使用料、講師謝礼他、実費)
■参加定員:30名
■申し込み方法:こちらのPeaTiXからお申し込みください。
なお、参加表明&事前交流の場所としてフェイスブックのイベントページをご活用くださいませ。
不明点等ございましたら netsquared.tokyo@gmail.com までご連絡ください。

ネットスクエアードとは?
NPO活動等を支援したり、社会にポジティブなインパクトを与えたりすることに興味・情熱を持っている方のための、世界中80を超える都市に支部を持つボランティアのコミュニティです。本部は米国(サンフランシスコ)にある非営利団体で、月に1回「NetTuesday」と称し、セミナー・ワークショップ、ネットワーキングイベント等を実施するのが主な活動です。

ネットスクエアード東京は2009年7月に発足。毎月一度程度の交流会・勉強会等とオンラインでの情報交換を行っています。「ウェブ」X「社会貢献」X「グローバル」というキーワードに興味をお持ちの方のための、学び、共有、出会いを目指している有志のグループです。

お問い合わせ先
ネットスクエアード東京 代表
市川裕康(株式会社ソーシャルカンパニー | www.socialcompany.org | @socialcompany )

いよいよ始まりました、ノリだけで参加してしまったビジネスメガネ男子コンテスト。。。
しかし、せっかく出たからには目指せ優勝!ということで、意力ブログ読者諸氏の清き一票をどうぞよろしくお願いいたします m(_ _)m
エントリーナンバーは12番です。

ビジネスメガネ男子コンテスト

投票はコチラから!

久しぶりのLA

本日戻りました。久しぶりに戻ったLAは、朝晩が涼しいを通り越して、「寒い」

一ヶ月ぶりの家族の対面で、お土産を渡して喜んでもらえました。
成田を発つ直前に、米国永住権の面接の日程が決まり、一気に慌ただしくなりました。
この冬は家族で日本で過ごすことになりそうです。子供たちにとっては、日本のおじいちゃん、おばあちゃんたちと初めての年越しですね。

週明けにはまた日本にトンボ返りですが、いくつか滞在中にやることがあるので、それを仕上げていきたいと思います。

豊橋創造大学での講演

筆者としては二回目になる大学での講演をするために、愛知県豊橋市にある豊橋創造大学を訪れた。仕事柄日本にいることは多くても、大抵東京と大阪を往復するくらいで、大学で地方都市を訪れるのは大きな楽しみである。もちろん、豊橋市を訪れるのも初めてで、こんな機会でもないとなかなか訪れることはなさそうだが、だからこそ余計に有り難い機会を頂けたと感謝している。

講演は同大学の情報ビジネス学部の「総合講座」の一環。担当は三好哲也教授。

キャンパス風景

講演会場
会場となった教室。なかなか広く、音響設備なども充実していた。

講演風景1
今回の講演のタイトルは”Be the Change You Want to See in the World! ~起業とソーシャルメディアに学ぶ「人間力」

普段は企業の広報担当の方々に、硬めの講演をすることが多いので、学生向けに話す時は、できるだけ共感を呼べるようにと毎回工夫をするようにしている。今回はプロフィールの部分で、初めて自身の「生い立ち」を詳しく説明してみた。うぃる爺曰く、「生い立ちなんて関係ない、そんなの関係ない」(笑)
人間の成功に必要なのは努力であり、生まれや育ちは本質的には関係ない。目の前にある現実をどう受け止めて、次につなげるか、それが一番大事だというメッセージが少しでも伝わったらという思いで話をさせてもらった。

講演風景2

ところで、この講演では大きなサプライズがあった。私は講演の際に動画を少し見せるようにしている。これは1時間以上の講演につきものの、中だるみを防ぐためということもあるし、何より質の高い動画からは短時間で強いメッセージやインスピレーションを受けることができるからである。私は動画を作ったりするのがあまり得意じゃないので、質のいい動画やTED Talksなどの優秀なプレゼンターの講演などをシェアさせてもらっている。

今回私が選んだのは、先日フェイスブック上でフレンドからシェアしてもらったとある動画だった。これはショーン・スティーブンソンという在米のセラピストの講話で、彼は先天性の障害故に生涯車椅子上での生活を余儀なくされている。


このスピーチから受ける「現実と向き合う姿勢」に対するメッセージがあまりに素晴らしかったので、何とか学生の皆さんと共有したいと思い直前に何とかプレゼンに組み込むことに成功した。もちろんこの時点では、私以外誰もこのビデオが上映されることは知らなかった。

そして、講演会場に入って驚いたのだが、実は受講生の中にスティーブンソン氏と同じような境遇の学生がいたのである。講演後に聴衆が挨拶にきてくださるのが楽しみなのは、大人向けでも学生向けでも変わらないが、やはり世代の違いがある分、学生向けの講義では内容が伝わったかどうか、どう受け止められたかが心配なものである。
今回も講演直後に何人かの学生が演壇まできて、挨拶していってくれたが、この車椅子の学生が介護者らしき友人(クラスメート)と一緒に挨拶にきてくれて、感想を述べてくれた時はとても嬉しかった。講演には常に「一期一会」のつもりで臨んでいるが、今回の講演もまた私にとっても忘れられないものとなった。

大学を去った後は、この大学の裏にある「渡し」というものを初めて体験した。エンジンのついていない渡し舟を竹竿だけで操り、対岸まで渡る。何とも風情のある乗り物で、貴重な体験ができた。竹竿だけでどうやって方向を操作するのかと思ったが、万一の備えということで、船には両岸をつなぐワイヤーと連動したワイヤーがくくりつけてある。
夕日に映える渡し守の姿

この渡しは以前は20以上もあったそうだが、今ではもうこの一つしか残っていないそうだ。
対岸から呼ぶときには鈴を鳴らすのだとか。地元の学生たちの中にはこの私を毎日通って通学している子らもいるようで、私が育った大阪や東京では決して考えられない環境に目から鱗の落ちる思いだった。

流れに棹さす!?

実はこの講演、ロサンゼルスの知人から紹介頂いた窪野さんという方が以前この大学で勤めていらしたことから実現したものであるが、巡り巡ってお会いした担当の三好教授は実は私の中学の先輩だったということで大層驚いた。そして、講演の場には渡米の際に出会い、私がアメリカに残るきっかけをつくってくださった小出氏(現在は名古屋在住)も足を運んでくださった。まだ20歳前の浪人生の若者が世界に向けてのビジョンを語ったことを彼は今も覚えてくれているらしい。あれから18年弱、今でも影から私の活動をささえてくれる、恩師の地元に今回はちょっとした恩返しができただろうか。

今回の講演のきっかけとなる出逢いをくださった窪野氏と

その後豊橋市内の居酒屋で夕食会となり、美味しい海と山の幸をごちそうになった。

最後に、「ちょっと洒落た喫茶店があるんです」と三好教授が言うので、ついていった先は鈴木珈琲店。自分で好きなカップが選べるというとてもおしゃれなお店で、高いのは4,5万円もするカップで自慢のコーヒーを満喫できる。

鈴木珈琲店の店内にところ狭しと並べられた茶器

それにしても、日本の未来を担う若者に話をするのは非常に刺激的な経験である。日本にいる間に、できるだけたくさんの講演をしていきたいと思っており、一介のブロガーに各大学からお声がかかるのを日々待っている状況である(笑)

鮨 廣瀬

普段は食べ物のことなんて滅多にかかない、意力ブログであるが、今日は珍しく書いてみる。
というのも、普段お世話になっているアムニスの松尾社長に連れていって頂いたお鮨屋さんが最高に美味しかったからだ。

もともとは早稲田のビジネススクールの樋原教授との会食だったのだが、その前の打ち合わせで松尾社長に久しぶりにお会いして、流れで先方の会食に樋原教授ともどもご一緒させて頂くことになった。
樋原教授は以前世銀にコンサルタントとしてお勤めだったということで、いろいろ楽しいお話をお伺いすることができた。さすが金融畑だけあって、為替の話など非常に興味深かった。

場所は広尾からほど近い廣瀬というお店。店主のこだわりが随所に感じられるこのお店では「まぐろ」をほとんど扱っておらず、基本は「生」の鮨をあまり出さないという。店主曰く、「それが本物のお鮨だ」とのこと。

別名エイリアン!(右)
ゲソはエイリアンという別名があるらしい、確かにあの手にちょっと似てるか(笑)

「生」で話題になったのが車海老、どちらが美味しいか食べ比べしてみることに。

まずは最初に生で
車海老 生

次に少し火を通したもの
車海老

食べ比べてみて、なるほど、後者のほうが断然美味しかった!
私はあまりグルメではないのだが、さすが、優秀な経営者はいいお店をよくご存知だと毎度感心させられる。

まぁ、たまにはこういうエントリーもいいでしょう(笑)

明日は豊橋創造大学での講義、そしてその翌日には久しぶりにLAに戻ります!

先日Ustに出た関係で、ビジネスメディア誠主催のビジネスメガネ男子コンテストに参加することになりました。
〆切は明日で、下記から1枚エントリーしたいと思っているのですが、皆さまはどう思われますか?

まずはエントリー#1 お茶目な写真です

#2 考えてます
Entry#2

#3 決めてます(笑)
Entry#3

#4 仕事中です
Entry#4

また本選が開始すれば、お伝えいたします。(その前にどれを提出したのかも)
(Photo by Yasu Takeuchi)

投票はコメント欄かFBにて。都合が合わず、カメラやカメラマンをきっちり手配できませんでしたが、Yasu君が頑張って100枚弱撮ってくれました。

先日参加した、Digital Content Expo(DCE)の記事が11月12日付の夕刊フジ(第14面)に掲載されました。

夕刊フジ11月12日
「ソーシャルメディと震災復興」パネルディスカッション

ふと横を見れば、なんと「リング」の鈴木光司先生のエッセイが!
最近何度かお食事をご一緒させて頂いているだけに、何か縁を感じてしまいました。

週末は帰省する予定だったが、急遽変更して、諸々の用事をこなす。

東野圭吾本を二冊読了。「学生街の殺人」と「聖女の救済」。両書の執筆時期には何と21年の差がある。
ツイッターで読後に感想をつぶやいている「東野圭吾イッキ読みシリーズ」もあと10冊を切った。思えば、(マンガ以外で)ここまで一人の作者の作品を読み込んだことはなかった。(というか全作品を読もうなんて思ったのも初めてだ)

都内のワンルームマンションに住み、普通に満員電車で通勤をする日々を数週間続けてみて、いろいろ見えてくるものがあると思ったのは前のエントリーでも書いたとおり。これまでは海外在住の視点で本を書いていたが、いわゆる団塊ジュニア世代の一日本人として書いてみるのもいいのじゃないかと思い始めている。(といえば、偉そうに聞こえるかも知れないけども、やはり日本に住んでいるのと海外に住んでいるのとでは視点が異なって当然なのだ)

たまたま職場の近くで見つけたブライアンソリスの「新しいPRの教科書 ソーシャル時代に求められる「知」と「技」(原題:Putting the Public Back in Public Relations)」は素晴らしい書籍だと思った。しかし、視点がやはりアメリカ目線なので、なかなか日本では受け入れられないようだ。

では、今の日本に求められている書とは何なのか。電子書籍なんかで揺れる今の日本の出版界はそれを必死に追い求めているのだろう。
せっかくしばらく日本にいるのだから、それについても僕の視点で何か書いてみたい。「インターネットの始まり、資本主義の終わり(仮題)」はなかなか硬い本だからそうは売れないだろう(というか版元が見つかるかどうかも定かではないが)から、ソーシャルメディアをテーマにということで。しかし、ソーシャルメディアの本はそもそもが売れていないようだ。これについても言いたいことはいろいろあるが、一言でいうとまだ本当の波が来ていないということなのだろう。しかし、電子出版よりもソーシャルメディアの波は早く来そうだ。そして、それは各企業の広報を巻き込むものだからスケールが大きい。そう思いながら考えてきて、一つアイデアが湧いた。

それは「人間力」とか「生きる力」に焦点を定めるというもの。できたら特に若者(16~24歳)に対して何かを訴えかけるものにしていきたいと考えている。ブライアンの本を読んでも明らかだが、ソーシャルメディアを考える上で重要なのは「個性」である。では、この個性をどうやって磨くことができるか。今の日本が没個性化している理由はいくつも思いつくが、それを打開するには「視野を広げる」ことだと思っている。それは選択肢を増やすことにつながる。義務教育を終えて、進学校に入り、大学受験と就活を経て一般企業に入社して、東京で働く、それ自体は何も間違ってはいないが、みんながみんなそれでは個性がアピールできない。

スティーブ・ジョブズが起業家として素晴らしいと思うのは、彼はひたすら個性を追求して、苦難を何度も超えたところだ。(ところで、僕は彼がいわゆる「企業利益」の枠を飛び越えて世界の変革のためにもっと大きなことができたのではないかと思っていて、それを社会が彼に対してさせてあげられなかったことが残念だと思っている。あれだけの「パッケージ力」と絶大な影響力をもった彼なら、世界から貧困や飢餓、紛争を無くすことにも類まれない力を発揮できたのではないか、と)
よく「引き出し」という表現が用いられるが、とどのつまりは、彼のスピーチが人を感動させるのはそこに裏打ちされた実績があるからである。例えは少し変わるが冒頭の東野圭吾にしたって、恐らく彼の人気を支えているのは彼が20年間も不遇の作家生活を余儀なくされていたところである。人は成功そのものには羨望を抱くが、共感を抱くのは「成功の裏側」に触れた時なんじゃないだろうか。
あぁ、この人も自分と同じ人間だったんだ、そう思うところに人間らしさがあり、共感の素になる何かがある。

では共感が生まれるのはどういう場合か。
定義の通り、「共通項」を相手に対して見出すことができる場合となる。だから一般的には「生まれながらにしての億万長者」よりも「貧乏からはいあがった大スター」に共感を得るものだ。
そして、これだけストレスの多い社会に生きる日本人は「不遇」に悩む人に対する共感のレセプターのようなものをもっていると思う。ビリー・ジョエルのピアノマンという歌には、「もしここから離れられたら、映画スターにでもなれるのに」と嘆くバーテンダーがでてくるし、僕が高校生の時からずっとJPOPのトップに君臨するB’z の Pleasure ~人生の快楽~ というシリーズ曲にも「もし生まれ変わったらなんて、目を輝かせて言ってたくない」という歌詞がでてくる。日本でバーチャル文化がやたら反映し、斜めな視線の「リア充」なんて言葉がでてくるのも、日本の「国民総幸福量」が低いからなんだろう。
だから、人の成功そのものには共感できないが、「苦労した」人に対してはエールを送ることができる。逆に言うと、相手の苦労が見えなければ、つまり不遇な人生を送った人に対してでなければ、簡単にその人の成功を喜んであげられないという、ややひねくれた精神が垣間見える。昨夜は女子バレーをやってたが、苦労無くして一流になどなれるわけがないスポーツで国民が一丸となれるのは、まさにそれだ。そして、一方二世議員なんかに対してとかく批判的な意見が出るのは、その人たちが生まれながらにして特権階級にいるように見えるからだろう。事実はどうでもいい。(もちろん、当人にしてみたらものすごい苦労している場合もあるだろう)
このあたり、日本を呪縛しているのは「蜘蛛の糸」の物語だと思っている。芥川龍之介の時代以前から世の中大して変わっていないのだ。

僕が「視野の拡大」を目指す理由はここにあるのだが、論じたいのはこの部分ではない。
では、なぜ日本は「飢餓や紛争に苦しむアフリカの民」に対して、同じような共感をもてないのだろうか。あるいは起業・独立を目指して努力したり、苦しんでいる人々をサポートするような社会意識が根付かないのか。
僕はその答えが「共感」レセプターの受容力低下にあると思っている。
「日常性の壁」理論ではないが、やはり普段の生活の中で接点が無いものに対しては、共感を得られない。それこそが戦後の経済復興で焼け野原から復活した日本が失ってしまったものである。よく「平和ボケ」という言葉が用いられるが、人は平和になると自分から争いを求めるようなことはしなくなる。しかし、世界はまだ平和じゃないのだ。昔は文学が、そして後に映画などがその共感作りに貢献していた。肌の色や言語が異なっても、「同胞」という意識があれば、時代や場所を超えても人間は痛みを分かち合うことができるはずなんだよね。講演なんかの際に話すことがあるが、僕にとってのその体験は中学校の時に行った「アウシュビッツ展」や「731部隊展」、そして高校生の時に体験した「盲学校の文化祭へのボランティア」でした。五体満足にいれることに感謝をした瞬間が、共感レセプター作成の原体験。

大体G20で経済危機が叫ばれるように、世界の先進国も、そして日本の社会そのものもそれほど平和ではなくなってきている。

例えば東京には昔よりも「生活難民」のような人が増えているように思う。極度な東京一極集中がもたらしたものは、選択肢の搾取であったのではないか。そして、それに一番気づいているのは東京に住んでいる地方出身者ではなくて、東京に生まれ育った方々だ。最近よく「なんで東京なんかに住むんだろう」という言葉をそういう方々から聞くようになった。彼らは自身で「選択」をすることなく東京にいるわけだが、自ら東京を選択してきた人々の思考について疑問視する部分があるのだろう。

そう言うと、「みんな東京に来ることを選択しているじゃないか」という反論がありそうだが、そういう向きにはマーク・トウェインの「人間とは何か」の議論を思い出して頂きたい。一見自分で選択しているようでも、実は反射運動を繰り替えすだけの「機械」になってしまっているということがあるもの。

ソーシャル時代は個人の情報発信の時代である。コンテンツは自分自身だ。
ブログ一つ書くにも独自の視点と個性、表現力が必要とされる。しかし、それは他の大多数と同じことをしていたのだと何も発信することがないということになる。埋没してしまうだけだからだ。共感は得られるかも知れないが、独自の視点がないと今度は「支持」が得られない。支持がなければ、ソーシャル時代では独立していけない。もちろんビジョンも重要であり、それは自身のインフルエンサー度が高くなればなるほど、求められていく。(その点で、僕は津田大介さんが日本のソーシャルメディア界を代表して政治メディアを作ろうとしている動きを積極的に応援したいと思っているし、世界にも伝えていきたいと感じている)

そんなことを考えながら、実はとんでもない貧乏生活と苦労続きだった幼少時代に形成された自我をそのまま引きずって、「普通」じゃない生き方を選び続け、リスクを取り続けた自分の人生をシェアしてみるのも、若者に対する気づきのきっかけになるのではないかと思い始めた今日この頃である。
やっぱり、じっくり書きこむ時間が欲しいなぁと思う反面、少しぬるま湯の心地よさを感じ始めている自分の甘さを実感している週末の一日。

11月突入 沈思黙考

日本に来てもうすぐ一ヶ月になる。

以前東京で単身赴任生活をしていた時は出社が10時からだったので、あまり混雑していなかった。
だから今回の日比谷線の朝のラッシュは「東京で通勤している」感たっぷりである。
(まだあまり慣れてないので、大抵2,3本はスルーしてしまう)

ソーシャルメディアを巡る動きに注目する中で、日本人の通勤ライフスタイルにスマホがどれだけ大きく関係してきているかということもよく分かる。また、いざ日本でスマホやデジカメを探してみて思ったのは日本では型落ち製品がとても安くなるということ。(結局ドコモをキープしつつ、AUのHTCEvoを無料で購入) iPhone率はかなり高く、最近は会食の場などで他の出席者がみんなiPhone 持っているなんてことがよくある。(iPhone4S はバッテリー問題でOSがアップデートされるとか)

経済問題の動向ではギリシャや政府の為替介入、TPPなど気になる問題が目白押しである。大阪のダブル選挙の行方ももちろん気にかかる。
スティーブ・ジョブズが「神」に祀り上げられる一方、どう考えてもフリーランスや零細企業に対する風当たりは冷たいようにしか見えない。日本には年齢認証やパチンコなどグレーゾーンが一杯あるにも関わらず、どうも時間とお金にはめちゃくちゃ厳しい傾向があるようだ。これじゃリスクを取る起業家は一向に増えていかないだろう。規制緩和をするところを見極めて欲しい。

1970年から2010年までの間に起こった出来事を経済、環境、政治、宗教、ITなどの観点から読み解く「インターネットの始まり、資本主義の終わり」という本を少しずつ執筆する中で、深く考えさせられることが本当に多いと思う今日この頃。社会の要所要所にいる団塊ジュニア世代が40歳に到達した今年、「日本を変えたい」と思う気持ちが強くなってきているのを感じる。団塊ジュニア世代の一番下にいる私としては、そんな先輩たちの気持ちに刺激を受けながら、自分が取るべき行動について正確に見極めて行動していきたいと思っている。沈思黙考。。。しかし、同時にアクションも起こしていかなければ。焦る気持ちを抑えつつ、今日も満員電車に乗り込むとしよう。

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