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昨夜は家族で車で二十分ほどのところに住む友人の家でまったりとしたクリスマスを過ごした。まだ小さすぎる(2歳半)一番下の娘を除いた上の3人の娘はそのままSleep Over いわゆる「お泊り」である。おかげで休日にも関わらず今朝はゆっくりとした朝を過ごすことが出来る。(もうすぐ買い物にでかける訳だが)

さて、本題は文字通り「本を表紙で判断してはいけない」という意味である。私が最近熱心に聴くとある講演の中でもよく語られる言葉だ。私もこの言葉を重く受け止めており、主に人を判断する際にその人の身なりや肩書き、要旨、風評などでうかつな判断をせずに、あくまでもその中身で判断するべきであるという風に人に話すことが多い。これができないと、結局自身に(世間の噂などに振り回されず)相手を評価できる眼力が養われず、短期的にその過大、あるいは過小な評価が人間関係や事業に影響をもたらすことがある。これは例えば投資を検討する際に行うデューデリジェンスなどにも共通することであり、その場合は例えば経営者の経歴やオフィスの調度品や概観、PR広告などがそれにあたる。あくまでもビジネスの実態を判断し、また経営者の「人となり」を理解しながら、正しい判断をするように努める必要がある。ここで判断するのが非常に難しいものの一つが「成長性」である。これは個人でも事業でもまったく同じことだ。が、ここではそういう内容には深入りせず、私自身が経験して思わず苦笑した最近のとあるエピソードを紹介したい。

竹内君という友人がいる。彼とは渡米時期がほぼ同じで、最初はカレッジで共通の友人を通して知り合ったのだが、それからなんというか俗に言う腐れ縁みたいなもんで、UCLAで同じ学部(厳密にいうと彼は地理学部で私は地理/環境学部だった)で学び、同時に卒業した。それからも私の事業の立ち上げの多くに関わり人的な支援をしてくれるいわば「戦友」である。先日も、表題の言葉を話しながら最近私が手がけている中国ビジネスの例を取り、いかに人間がともすれば表面的な噂や見た目で人を判断しやすいか、そしてその眼力を養わない限り継続的に失敗することがあるかという話をしていた。話はかなり長く続き、最後は会社の外の駐車場で冬風が吹きすさぶ中の議論に及んだ。

その後、彼が一冊の本を貸してくれた、タイトルは「ユダヤ人大富豪の教えII」。大ベストセラーだった「ユダヤ人大富豪の教え」(本田健著)の続編である。彼はこの本の内容をいたく気に入ったという。私も実は以前BOOK OFFで立ち読みをして買いかけていたのだが、妻に止められたのでやめたことがあった。それからも内容は忘れられず、ひそかに再び読む機会を探していたのだが、彼が1ドルで買ったということで貸してくれることになった。前作はかなり昔に読んだのだが、当時は「金持ち父さん貧乏父さん」に触発され、ナポレオンヒルの作品などいわゆるフィナンシャル系の自己啓発本を読み漁っていた時期だった。読み終えた後に「スイス人銀行家の教え」という本があったのも知っていたが、そちらはタイトルがあまりピンとこなかったので、立ち読みすらしなかった。竹内君と一緒に食事をしながら、この本の話にもなり、「スイス人銀行家」の本も読んだのか?と訊くと、彼はそちらも読んだが、この本(2)の方が面白かったという。本の出だしは、前作でアメリカで貴重な体験をした主人公が日本のありきたりな大学生活にはまっていく自身を感じていた折、前作で指南をしてくれた師匠から手紙が届き、今度は欧州に旅立つというもの。今回の話はお金とのつきあい方や金持ちのレベルなど、より具体的で実践的な話が多く非常に感銘を受けた。(この本は前作と比べるとかなり創作っぽく、筆者も前作とは異なり実在する人物はいるものの話自体はフィクションだと述べていることもお断りしておく。さしたる問題ではないが)

この本を読み終わった後、爽やかな読後感に包まれながらいつものようにあとがきを読んでいた時のこと、最後の最後に書いてあるわずか一行の文言に目が釘づけになった。そこには「本書はスイス人銀行家の教えを改題したものです」とあった。びっくりして思わず本のカバーを読み直したら、カバーについていた帯にも同じことが書いてあるではないか! 小生をご存知の方なら理解してもらえると思うが、私は普段から活字に関してかなり鋭いセンスをもっており、誤字脱字やおかしな表現、あるいはその逆の優れたコピーなどに関して無意識的にチェックを入れることが多い。その自分が今回ばかりはまるっきり気づかなかったのだ。しかも前述のように、本を貸してくれた本人とその話をしていたにも関わらず。が、おかげで結果的には何の偏見もなく、その本を読みきり内容を楽しむことができた。(恐らく私のような人間が多かったため、マーケティング的に改題をしたのではないだろうか。それはとりもなおさず「銀行家」という言葉が一般の日本人にはピンとこないことが多いという事実を反映したものだと思われる。単純な推察だが改題版の方が売れたのではないか) いわゆるセレンディピティという観点では、この内容を通じて私が得た教訓とは、人に話す内容については自身もよくよく気をつけておかなければならない、という自戒の念であった。

ユダヤ人大富豪の教えII

ユダヤ人大富豪の教えII

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