第2章 カギを握るゲームとIT業界 3 – 電子ブック開国論 (29)

オンラインゲームの課金は大別してサブスクリプションと呼ばれる定額制課金モデルと、アバターやアイテムの購入などでちょっとずつ課金が成されるマイクロトランザクションモデルと呼ばれるモデルの二つに分かれる。通常のMMORPGではまずユーザーはゲームソフトを小売店あるいはオンラインで買い求め、それを自身のマシンにインストールする。時には数GB というような莫大なサイズになるソフトは「ゲームクライアント」と呼ばれ、これをインストールした後にインターネットを通じてデータがアップデートされる。ユーザーは月に数十ドル(あるいは数千円)という金額を支払い、自身のアカウントを維持する。時にはゲームを有利に進めるため、あるいはより楽しみたいために複数のアカウントを所持する者もいるほどだ。しかしである、このモデルはシリアスゲーマーとう限られたパイを狙った過当競争により現在非常に成立しがたくなってきている。ここには人間にとっての普遍的な二つの制約要素の存在がある。それは時間と場所、である。実際にはこれに予算という相対的な三つ目の制約要素が加わり、消費者はこれらの許す範囲内でゲームをプレイすることになる。では実際に市場で何が起こったのだろうか。

実はシリアスゲームの市場を脅かしたのは、同じシリアスゲーム内の競合作品ばかりではなく、カジュアルゲームの台頭だったのである。これは先ほど述べた三つの制約条件を考えた際にカジュアルゲームのほうが遥かに有利だったからである。下記にカジュアルゲームの利点を簡単に述べてみよう。

<カジュアルゲームの利点>
iPhoneやiPodTouch、あるいは低スペックのコンピュータでも動く敷居の低さ
時間と場所を選ばずに携帯端末からプレイできること
ゲーム単価が非常に安い
マイクロ課金のほうが必要に応じて支払えるため固定費削減につながる
多くのゲームを並行して自分のペースで進めることが可能

これに対してMMORPGやFPSはシリアスにプレイしようとするとどうしてもチームでのプレイが必要となってくるので、ゲームというよりはリアルのサバイバルゲームに近い状態になってくる。大きな違いはみんなが集合する場所が現実の地図上の場所ではなく、バーチャルリアリティの世界であるということだけだ。チームプレイをするからにはメンバーが必要で、必然的に同じメンバーが毎日決まった時間に示し合わせてプレイするなどということが恒常的に行われるようになる。これは敷居が高いし、先行者利益が発生することも多いので後から参加する者にとっての心理障壁はどんどん高くなる。またチームでプレイすることから、チーム単位でゲームを乗り換えるということも頻繁に発生しており、ゲームパブリッシャーはゲームを楽しく導いてくれて活気をもたらしてくれる熱心なゲーマーを囲い込むのに躍起になっている。そのため宣伝にかかる費用もハリウッド映画並みの規模になってくるのだが、実際にどれだけのタイトルがコストを回収できたのかというと、恐らく片手で足りるほどしかないのではないだろうか。

そもそもゲームを取り巻く環境はこの20年間で本当に大きく様変わりしており、過去の常識が現在に通用しなくなることが多い。別の言い方をすればそれだけゲーマーという存在が流行に敏感であるということだから、ゲーム業界にいる者は必然的に顧客であるゲーマーの心理を理解することに血道を注いでいる。つまり、ゲーム業界にいる者の多くはゲーマーだということであり、これには経営陣とて例外ではない。実際に全社でゲームプレイを行うイベントなどを開催している会社も多い。こういう活動を通じて社内のビジョンを統一して、興奮を共有するのである。正しくこれらが実践されると経営者と最前線にいる開発者やQC(品質管理)、CS(顧客サポート)担当との間の心理的軋轢も少なくなるだろうことは容易に想像できる。では、出版業界においてこれは同じように機能しているだろうか。少なくとも電子出版において現時点で機能しているとは到底思えない。つまりそれだけ、日本の電子出版市場においてキャスティングボードを握っている人たちと市場の生の声の間に開きがあるということだ。それでは正しくビジネスが成り立つ訳がないことは子供にでも分かることだ、というかむしろ素直で流行に敏感な子供たちのほうが正しくビジネスを理解できるような時代になってきているのかも知れない。

カジュアルゲームが成功した要因の一つに女性と子供をうまく取り込んだということを挙げたが、これは非常に重要なポイントである。これまでのゲーム業界はとかく男性、というか男の子を中心に考えられてきた。GDC(Game Developers Conference)という会合がアメリカでは毎年開催されているが、ここでもこのポイントは例えば「西洋のゲームは東洋に進出して成功を収めることができるのか」、といったトピックと同様に度々ディスカッションの中で取り上げられる。女性の社会的地位が比較的に高いアメリカでは女性の意見も聞き入れられることが多く、ゲーム業界でも例外でなくなってきていることがこの北米市場が抱える大きな魅力の一つだと思う。

電子出版の議論においても、同様のことが起こりうる可能性がある。というのは門外漢の筆者からみても、日本の出版業界は非常に男性中心の封建的な社会であり、男性の価値観が優先して事が運んでいるように見えるからだ。これは非常に危険である。例えば電子ブックリーダーという端末一つを理解するにしても、男性と女性ではニーズが全く異なるし、利用環境から欲しいと思うアクセサリーまでまったく変わってくるだろう。デザインはいうまでもない。現在日本で大手となっている(最大手のアマゾンを除く)オンライン書店を見ると、その売り上げを支えているのが成人男性であることをかなり色濃く反映したつくりになっているのは誰の目にも明らかだ。この背後には450億円とも言われる日本の電子出版市場の大半がマンガと携帯コンテンツで成り立っているという事実があるのだが、例えば性的描写が際立つようなコンテンツがストアフロントにあまりに目立つと女性の客足は遠のいてしまうし、母親は子供をそのようなサイトに近づけたいとは思わなくなるだろう。新たに電子出版のコンテンツストアを立ち上げようとする際にはこの点に注意して、女性や子供に優しいコンテンツを集めるように注力してみると意外にヒットするかも知れない。少なくともiPhoneやiPadという端末に対しては女性や子供にも優しいコンテンツが大量に投下されるはずであるし、また少子高齢化に悩む日本において高齢者が見やすい大画面をもったiPadやKindleDXという端末は、これまでにない需要を喚起してくれるかも知れない。(Wiiが成功した一番の理由はこれまでゲームに関心がなかった、あるいはプレイできなかった人たちをうまく取り込んだところにあることを想起頂きたい)

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立入 勝義 (Katsuyoshi Tachiiri) 作家・コンサルタント・経営者 株式会社ウエスタンアベニュー代表 一般社団法人 日本大富豪連盟 代表理事 特定非営利活動法人 e場所 理事 日米二重生活。4女の父。在米歴20年以上。 主な著書に「ADHDでよかった」(新潮新書)、「Uber革命の真実」「ソーシャルメディア革命」(ともにDiscover21)など計六冊を上梓。