人力翻訳プラットフォーム MyGengoがシリーズAで$5.25M を調達できた理由

MyGengo

Tech Crunchは日本に住む外人の手によって立ち上げられたユニークな翻訳関連会社のMyGengoがこれまでのシード調達に加えて新たにシリーズAで$5.25M(525万ドル)を調達したことを報じた。これにより、同社の調達金額総額は$6.8Mとなった。

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Human Translation Platform myGengo Raises $5.25 Million From Atomico, 500 Startups

MyGengoのクランチベース
MyGengo公式ページ

筆者は過去にオンラインゲームのローカライズや映像字幕の翻訳を行う事業をしていた時期から、同社やコニャックなどの翻訳サービス、そしてLive MochaやLang-8などのソーシャル言語学習プラットフォームには注目してきている。各社それぞれ異なる事業展開をしているが、やはり日本人のスタートアップ企業よりは、そうでないスタートアップ系企業のほうが勢いがある。これの大きな原因は、ずばり

日本のVCやエンジェル(いるのか? 別格の人は一人だけ知ってるが)たちが「ヴィジョン」に投資しないから

だ。
反論もあろう、小規模でそれをやっている人もいるだろう。でも肝心の「お金持ち」がそれを断行しない。視野も世界的ではない。
シリコンバレーにいけばいいってもんじゃない。視野を広くできないなら、意味はない。アメリカに長くいたからといって、英語が勝手にできるようになるとは限らないというのと同じことだ。SNSやソーシャルゲームで儲けているGREEやDeNAには本当に世界で活躍してもらいたい。しかし、海外で成功したいと思ったらビジネスモデルを一から構築するというくらいの考えで投資をしたほうがいいのではないか。国内で成功したからといって、安易にそのままのビジネスモデルを持ち出すのは危険である。
いつまでもあると思うなブームと金」がドットコム業界の鉄則じゃないだろうか、ビジョンとスピード、大局観が重要である。そのためには必要な人材も集める必要がある。(そんなこと言われなくともわかっているだろうが)

これまでVCの担当者やエンジェルと呼ばれる人やインキュベーション事業を手掛けるという方に少なからず出会ってきたが、大手になればなるほどヴィジョンなんて気にしていない。儲かるのか?グーグルに勝てるのか?なんてありきたりのことを聞くだけである。要は担当者が責任逃れしたいだけなのだ、と斜めに思ってしまうこともしばしば。大体、自分で起業すらしたことない人間が起業家をメンタリングなんてできるのか??(いけない、朝からテンションが高くなってしまった) 
少なくともインターネットやIT系に限っていえば、日系企業が欧米の企業に対して「クールな」買収を仕掛けて成功したことなんて記憶にない。

<参考記事>
VCが聞くバカな質問


ネットの世界は動きがめちゃくちゃ速い。通常の判断なんてアテにならない。みんなで共同してそれを盛り上げていくしかないわけだ。
逆に投資家の利権を守るための提携から阻害されると、いくらいいプランでも成り立たなくなる。(Ningがいい例)
そして、今世界のビジネスを突き動かしているのは「未来を変える」ことにつながるビジョンである。利益は二の次、という企業のほうがむしろ成功しやすい。(Twitterがどうなるかは別にして)それが理解できていないから、日本は世界二位の経済規模と充実したユーザーエクスペリエンスをもちつつも、いまだに世界市場に打ってでられない。

他の分野のことはよく分からないが、少なくともネット系に関しては世界規模で通じるモデルを構築できている会社は日本にほとんどない。しかし、それは日本の会社だとできないというわけでは決してない。
この点で日本で運営されているMyGengoがこれだけの資金調達に成功した理由を日本の企業やVCは学ぶべきである。(もちろん創業者の関連で英国のVCから調達できたという背景もあるのだろうが)

では、このMyGengoが競合サービスと比較して何がすごいのだろう。それはこの会社が人力だけではなく、AIの活用に注目したことだろう。これはAPIと書かれているアウトプットの部分もそうだし、内部の翻訳メカニズムにおいても同様。翻訳業界は何しろアナログな業界なので、「機械翻訳」=グーグル翻訳という考え方がある。そして、その質は低いものだと一般的に考えられている。(最近のグーグル翻訳は精度が上がっているが)

しかし、翻訳業界にはTRADOSやSDLX(今は同じ会社)のような翻訳メモリーというのも存在する。これは人力翻訳を機械的に支援するものだ。(使い勝手がいい一方、ソースとターゲットが一対一で紐付けされるなど問題点も多く、これを補完するシステムを自前で構築したら生産性が著しく向上した)翻訳はプロの翻訳者がやれば品質がいいことは疑う余地もない。しかし、それをするには国内では値段がかかりすぎる。
結果、翻訳業界は大きな勢いで中国にシフトをしている。このままでは中国は世界の「翻訳工場」になってしまう。ただでさえ世界一の人口を抱えている国なのだから、これは脅威だ。問題はやはり翻訳品質が低いことである。日本の膨大なコンテンツは中国に流れて世界の言語に翻訳されていく、オンラインで翻訳のプロジェクトを探したら日本の顧客が中国企業に発注した翻訳の仕事の下請け案件を日本人が受注していたみたいな笑えない話も散見している。(コンテンツが海賊版として流れ出るなんてリスクは言うまでもないだろう)
かくして日本の翻訳業界は致命的なダメージを受け、規模は縮小する一方である。

話をMyGengoに戻すと、彼らが目をつけているのはこういう翻訳業界の「目に見えないニッチ」である。それはスケーラビリティと生産性の向上だ。
これをビジネスチャンスの観点で説明すると、例えば今世界で大きなブームになっているソーシャルゲームに関連している。例えば現在私もいくつかのソーシャルゲームを試しているが、言語のクオリティはとても低い。同じ日本の企業が運営しているとは信じられないほどである。これには恐らく二つの原因がある。一つはコストダウンのために外国人を利用している点、もう一つはXML対応や翻訳メモリーなど、翻訳を支援するインフラが十分に整っておらずスピードを要求されるオンラインゲーム業界の波についていけていないことだ。
筆者が手がけていたのはMMORPGだったので、分量は多いが、スピード感はそれほどでもなかった。(コストが莫大だから当然だが)しかし、ソーシャルゲームの動きは速く、コンテンツをどんどんアップしないとすぐに飽きられてしまう。ソーシャルゲーム以外のソーシャルプラットフォームについても同様。

そして、これが日本語から英語になると話はもっとひどいことになる。まったくもってまともな英語のレベルではなく、従って海外のユーザーを集めるのは困難になる。ここでも日本人の英語ベタがネックになっている。言語QAをまともにできる人物が少なすぎるのであろう。そういうロジスティック的な部分を考えずに、単に日本で流行ったiモード的な課金を進めようとしてもそうは問屋がおろさない。
ソーシャルゲームのメーカーもこぞって海外進出を目指しているようだが、任天堂やSONY、コナミやカプコンなど大手ゲームメーカーがこれまで苦戦してきた内容を彼らは知らずにいる。そして、もちろん大手を除けば資本力には限界があるのでコストをかけずに「一攫千金」を狙おうとする。しかしこれではなかなか打率が上がらず、多くの会社は廃業を余儀なくされる。

ではソリューションは何か?二つある。
1)アウトプットの効率を高めること = MyGengoのようなスケーラブルなシステムで低コストで効率よく翻訳できる汎用システムを使って、自社のサービスに運用する。自社の翻訳データベースも構築されていく。

2)資本的なバックアップ = 映画に対して組まれるような投資ファンドの態勢でソーシャルゲーム業界をバックアップする。

MyGengoは1のソリューションを提示しうる可能性をもつ企業であり、日本国内で世界的な視点をもった(少なくとも100%ではない)非日本人により運営されている点が特筆に値する。ソーシャルゲームは日本が世界に向けて成功できる一つの大きなチャンスとなりうる。しかし、大手が必ずしも成功するとは限らない。アイデア次第でまだまだ伸びるソーシャルゲームの分野でグローバルイニシアチブを取るためには、2のように資本家の手助けも必要なのだ。(採算性が高いのはGREEとDeNAが示してくれた通りなのだから)そして、買収できる小さなスタジオもたくさんある。しかし、この資本家はこれまでの怠慢が理由で世界的な視野を持っていない。全体が把握できていないし、スピードもカバみたいに遅い。(アマゾンはチーター)もっとも、多くのVCや商社はよりリターンの大きい資源ビジネスに集中しているのかも知れない。だが、ITは日本人が世界でまだまだ活躍できる分野だと確信している。

思うに、VCの人たちには今ネットの世界で起こっていることを分析する力が欠落している。世界が見えていない。
だから、MyGengoがなぜ資本を集められるのか、不思議で仕方ないだろう。(英国はすでに「言語」で世界を制圧した実績をもつ国であるということをお忘れなく)
なぜアマゾンやアップルが成功したのか、そしてフェイスブックやグルーポンが証券市場を揺るがすような規模で上場できるのか、そういう点についてのリサーチと包括的な分析が足りない。ソフト、ハード、サービスを総合的に俯瞰できる能力と視点をもたなければならないし、出ては消えていくスタートアップが取っている「リスク」、そしてドライバー足る創業者の資質などを見極める総合的な力を身につけなければならない。今の日本経済は無駄遣いをすることを許さないのだが、世界に打って出ようとする「ヴィジョン」と情熱をもった若き起業家を日本全体がサポートすることは必須条件である。もちろん、少しずつその力は蓄積されているのだろう、単にこれまであまりにも見当違いのことをしていただけなのだ、と信じたい。

日本の投資家は、シリコンバレーの大規模な投資案件には到底食い込めない。だからこそ、視点を少し変えてシード寄りの投資に注力してはどうだろう。もちろん、そこにはリスクが伴うが、リスクの伴わない「ベンチャー」なんて定義から外れている。
Ningに150億突っ込める企業がなかったとは思えないが、それほど多くはなかったろう。だけど、5億なら突っ込める企業や機関投資家はまだたくさんあるはずだ。TCで1つずつこのような資金調達が発表される度に、「なぜ私たちはこれに投資しなかったのか、あるいは投資しないのか?」という議論を内部でやってみるのはいかがか。あるいは上司がネチネチ訊いてみたらいいのでは?(笑)

「目の付け所がシャープ」なVCやエンジェルが数多くの失敗を経て、日本でも育ってくれることを切に願う。
それは日本の未来を切り開く一つの道である。投資するのは事業にだけとは限らない、人材に、そして「機会」に投資することこそが20年後、30年後の日本の未来を明るいものにするのではないだろうか。

<関連エントリー>
ソーシャルゲームの今後 (1)

立入 勝義 (Katsuyoshi Tachiiri) 作家・コンサルタント・経営者 株式会社ウエスタンアベニュー代表 一般社団法人 日本大富豪連盟 代表理事 特定非営利活動法人 e場所 理事 日米二重生活。4女の父。在米歴20年以上。 主な著書に「ADHDでよかった」(新潮新書)、「Uber革命の真実」「ソーシャルメディア革命」(ともにDiscover21)など計六冊を上梓。