第5章 クールな国、日本が抱える「多すぎる」問題 – 電子ブック開国論 (48)

情報革命についての先見性で市場に大きな衝撃を与えた角川暦彦氏が著作「クラウド時代と<クール革命>」の中で説明しているようにこれからの日本は経済力ではなくクールな「文化」を前面に押し出していくべきだと思う。「これからは、国力として”ソフト・パワー”を活用される時代である-」と語ったアメリカを代表する国際政治学者ジョセフ・ナイ氏のコメントを角川氏は引用しながら従来世界を支配してきた軍事力や政治力のような外交的な強制力を「ハード・パワー」とし、それに対して新しい価値観として世界を牽引しうる力としての「ソフト・パワー」という概念を提唱しており、これは文化や経済力などの魅力から得られる力と定義したナイ氏の見解をサポートしている。

これを更に進めたが、アメリカの新進気鋭のジャーナリストであるダグラス・マックレイが提唱した「GNC」(Gross National Cool)という指標である。この指標において日本は栄えある一位に輝いていることは高城剛氏も主張しているところであり、これまで日本を先進国の一員として裏付けてくれていた客観的な経済力という指標ではなく、日本に新しい価値を付与してくれるありがたい観念である。海外から見ても日本の国力やビジネスや政治の世界における国際競争力はみるみる低下してきており、いうまでもなくこれから日本の経済力はこれまでと同じスケールで世界に影響を与えていけるとは考えづらい。

これらの問題は電子出版の問題を考える上でも本質的な部分に関連してくると思うので、もう少し突っ込んでみることにする。筆者は出版業界でのキャリアをまったくもたない素人だが、その素人の目から見ても現在日本の出版業界は思わぬ力をもった黒船の来襲に浮き足立っているようにしか見えない。この原因がどこにあるのかということを考えた際に、いきつくのは日本人の「依存心」である。これは300年間続いた江戸時代の「おかみ」への依存に通じるものがあるように思う。例えば会社員は企業に依存しているし、国民は政治や経済対策について政治家に依存している。親は子供の教育について学校や塾に依存している、という感じだ。

日本人は先進国の中でも自営業の割合が相当低いと思うのだが、こういった風潮の強い社会では独立するということにはリスクしか考えられず、その利点に目が向きにくいので当然の現象と言える。幕末に話を戻せば、藩が「おかみ」だったわけであり、そのおかみに楯突こうなんてのはとんでもなく反逆的な行為だった。しかし、時代は様変わりし、世界はボーダーレスとなった。よくフリーエコノミーとかグローバルエコノミーという言葉が流行ったが、今となってはそんな言葉を使わなくても社会は一つであることをみな体感して知っている。筆者はこのグローバルエコノミーという意識と平行して「環境」という概念が世界に浸透していったことが世界中の人々の意識をボーダーレスに近づけていったという風に考えている。我々はみな同じ「地球船号」という船の上で共存する運命共同体だということにようやく気づき始めたのが20 世紀の後半であった。

しかし話を日本に戻すとまだまだその意識は低いと言える。国土交通省の2006年度の統計によると日本の出国旅行者数は世界で13位。外国人旅行者受け入れ数をみるとなんと30位である。もちろん例えばこの出国旅行者数でいうと日本より上位の国の大半は欧州勢であり、地続きの欧州や中国から外国に赴くのは周りを海に囲まれた日本と比べるとそう難しいことではない。またEU諸国間では入国管理もかなり簡単である。しかしGNP世界二位(もうすぐ中国に抜かれて三位になるが)の日本がスロバキアやハンガリー、ポルトガルに負けているというのは残念なように思う。海外旅行にいけばいい、というのではなく海外にでて実際に外国の文化や人々、そして市場に触れることにより沸いてくるアイデアや人のつながり、そういったものが国際感覚のある「個」を養うにおいて非常に重要であることはもはやいうまでもないだろうし、私が10年以上の海外在住経験で身に染みて感じていることだ。

この「大手への依存心」と「国際感覚音痴」な部分が日本の経済力と国際競争力の低下に大きな影響を与えていると見ているのだが、実に電子出版に対する出版業界の対応もまさしくこれと同様なものに感じられるのだ。あとで述べる電子書籍協会の「大同団結」がその最たる例である。21社から増えて31社になったそうだが、遠めに見ていて何のメッセージも方針も伝わってこないのは残念というより他ない。そうこうしているうちにアマゾンもアップルもどんどん自分たちの陣形を固めていっているというのに。しかし、裏を返せばこの二つの大きな問題から脱却すれば未来が開けるということなのかも知れない。筆者が後の章で述べる黒船迎撃の方法論はまさしくこの点に集約されている。何度も言うが、これほど形勢が不利な状況では生半可な付け焼刃ではかえって大やけどを負うだけである。

的確に作戦を練りながら、迅速な意思判断ができる構成でとりあえず正しいと思われる方向に大枠でもいいから最速で航海をしてみることだ。方向修正は帆を進めながらでも構わない。

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立入 勝義 (Katsuyoshi Tachiiri) 作家・コンサルタント・経営者 株式会社ウエスタンアベニュー代表 一般社団法人 日本大富豪連盟 代表理事 特定非営利活動法人 e場所 理事 日米二重生活。4女の父。在米歴20年以上。 主な著書に「ADHDでよかった」(新潮新書)、「Uber革命の真実」「ソーシャルメディア革命」(ともにDiscover21)など計六冊を上梓。