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(この連載はティーンエージャーを対象に書かれているため、文章が平易になっていたり会話文が使われていたりするなど他のエントリーとは表現が異なります)

今日も訪問してくれてありがとう。今の時点ではまだまだこの「伝言」を読んでくれている人は少ないけれども、どこかできっとこれを読んでくれる若者が増えてくれるということを僕は信じて書き続けている。もちろんそれは僕が死んでから起こることなのかも知れない。でもそれでもいい。今世の中に知られている多くの人、作家やアーティスト、てつがく家なんかはみんな死んでから評価されている。いつ評価されるかなんてのは、本質的な問題ではない。要は内容がどうかだ。だから僕はその内容に集中(しゅうちゅう)する。僕にできるのは、いいメッセージを伝えること、それだけだから。

今日は僕の思い出のなかでも、かなり大きな、そして恥ずかしい話をしてみようと思う。でも、僕はこのレッスンから多くのことを学んだし、それは今でもとても大事なことだから。それは人間に対する好き嫌いについてだ。

君たちは学校でいじめたり、いじめられたり、無視したりされたり、そういうことをしょっちゅう経験していると思う。自分自身がそうでなくても、周りでそういうのをよくみるだろう?こういうのはなかなか無くならないものだ。僕も小さい時にそういうのをいっぱい見てきたし、ある意味大人の世界でもそういうのはよくあることだ。高校生になったばかりの僕は、とあることからクラスの友達全員から無視(むし)されてしまうくらい嫌われてしまったことがある。当時はなっとくできなかったけれど、今思えば悪いのは僕だった。それまでの地元のふんいきと高校があまりにも違いすぎたというのも原因だった。さすがに、これは応えた。学校に行くのも面白くなくなりかけていた。

ある日僕は大事なことに気づいた。「嫌われるのは他人の自由だから仕方ない。だけど、僕は同じ思いを他人にさせないように、誰のことも嫌いにならないようにしよう。例え相手がどういう態度(たいど)を取っても関係ない。僕は僕だ」 この日から相手の態度に関係なく「人を嫌わない」というのが僕の信条(しんじょう、ルールや誓いみたいなもの)になった。具体的に思い描いたのは誰とでも次に会うときに、心の中にモヤモヤがあるじょうたいにならないこと。ということだった。最初は難しかったけど、そのうち慣れてしまった。

そんな時、僕に優しく接してくれた一人のクラスメイトがいた。彼は噂(うわさ)じゃなくて、じっさいに接してみて、僕がどういう人間かを判断(はんだん)しようとしてくれた。そして、僕はそんな彼の態度がとてもうれしくて、しっかり対応してつきあいをするようになった。そしたら彼が彼の友達に僕のことをしょうかいしてくれた。そういう風につながっていって、2学期が終わるころくらいにはクラスの全員と仲直りができていた。もちろんそれからも、僕の他人に対する態度は変わっていないし、今ではそれが当たり前だと思うようになったし、周りにはいろんな面白い友達ができるようになった。そして、僕は前よりもっと人間が大好きになったし、きっとこれからもそれは変わらないだろう。

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