第1章 返品問題 – 電子ブック開国論 (14)

あまり知られていないことだが実は、Amazon運営のKindleStoreには1週間返品可能という日本の書籍に対する一般概念からするととんでもないルールがある。これにより、簡単に読めてしまうマンガや新書は大きな被害を蒙る可能性があると思っているのだが、Kindleへの出版を真剣に考えている出版社のどれだけがこの事実を知っているのか甚だ疑問である。1週間という時間は決して短くない。例えば私自身を顧客にあてはめて想像すると、恐らく1週間かけても読めないような本というのはよほど時間をかけてじっくり耽読したいと思う文学作品くらいだろう。

例えばこれだけ普段速読を駆使して情報収集にあたっている私だが、愛読書「ゲーテとの対話」(エッカーマン)を読む時はあまりにゆっくりと読み耽るため、一冊読むのに一ヶ月かかった経験がある。まさに珠玉の読書だ(笑)(しかもその多くはパブリックドメインに属するものだったりするのでそもそも無料だ)私は速読を意識しながら訓練してきたので、(もちろん内容にもよるが)その気になればかなりのスピードで読める。スピードを自分で自在に調節できるのが速読経験者の強みである。これは購入前に内容をチェックする意味での立ち読みにも便利だし、実際に読みながら面白くない箇所などは読み飛ばして読みたいところだけに集中するということで時間を効率的に使うこともできる。

実例を挙げると、先日日本出張の際に購入した筆者が学生時代に読み耽った大人気作家の筒井康隆氏の新作新書「アホの壁」にいたっては45分ほどで読み終わってしまい、そのまま友人に贈呈してきた。このように新書やマンガについては、その気になれば読者は読み終わった後に返品することで代金を支払わなくてもよくなるので、内容がよくないと思えば返金を要求する読者も増えることだろう。つまり、ここでは正味の「中身」が要求されるわけであり、これまでのように「とにかく買わせればいい」というスタイルは通用しない。いくら読むのが遅くても、きっちり読書の時間さえ取れれば新書一冊読むのに一週間はかからないはずである。(もしもそれ以上かかる読者が多ければ、もちろん売り逃げ作戦も有効なわけだが)価格と流通のところでも触れたが、市場(読者)が価格を決めるという論理はこういう要因にも拠るものである。もっとも私が敬愛する筒井氏の名誉のために付け加えると、早く読み終わるということイコール中身がない、でもないし、「金返せ」でもなく、これはあくまでも新書というものとそれに必要な読書時間についての例である。

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立入 勝義 (Katsuyoshi Tachiiri) 作家・コンサルタント・経営者 株式会社ウエスタンアベニュー代表 一般社団法人 日本大富豪連盟 代表理事 特定非営利活動法人 e場所 理事 日米二重生活。4女の父。在米歴20年以上。 主な著書に「ADHDでよかった」(新潮新書)、「Uber革命の真実」「ソーシャルメディア革命」(ともにDiscover21)など計六冊を上梓。

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