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筆者も拝読した「なぜ投資のプロはサルに負けるのか?― あるいは、お金持ちになれるたったひとつのクールなやり方」の著者の藤沢数希氏が10月4日にアップしたエントリーが話題になっている。
勝間和代がネットで叩かれるようになった本当の理由とネット・メディアの未来 と題されたそのエントリーの内容は日本のインターネット・メディアの未来についてかなり重要なメッセージを含んでいると思う。このエントリーの基は勝間和代氏が書いたアマゾンの評価システムに対するブログのエントリーだった。これぞまさにブログを中心にしたソーシャルメディア。今後勝間サイドから反論は来るのだろうか。

それはともかく、ここで藤沢氏はネット・メディアという言葉を使っているが、これは筆者がブログで用いるところのソーシャルメディアと同義であるか、限りなくそれに近いものであると勝手に解釈して話を進めたい。ちなみに筆者も(両者に対して全く無名ではあるが)一ソーシャルメディア・ブロガーとして藤沢氏の下記のコメントには深く賛同するものである。

しかし僕が感じた違和感はこんな一般論じゃない。僕は勝間和代がネットで叩かれるようになった理由はもっと深いところにあると思っている。それは単に有名になってそれに比例して「アンチ」が増えたなんていうことよりもはるかに深刻な問題だ。

そして、本エントリーを書くきっかけになった大事な指摘はこの部分。

僕も含めて、いわゆるインターネットのメディアでがんばっている人たちは、もちろん自分の利益のためにがんばっている。ニュース・メディアなどは当然広告収入が目的だろうし、個人ブログだってアフィリエイトやその他のマーケティング上の目的がある。どんな活動も継続的な利益を生み出さなければ続けられない。インターネットのメディアとてその例外ではない。金儲けから逃げられないし、また金儲けから逃げる必要もない。金儲けは健全な市場経済の中において社会に貢献するもっとも強力な手段だ。
しかしインターネット・メディアに関わる人たちの多くが、金儲け以上の社会的意義を確かに共有しているし、それをとても大切なものだと思っている。日本ではテレビ局の力があまりにも強大すぎるし、テレビに関わる既得権益は日本の政治と深く結びついてしまっている。テレビほど世論誘導を強力に実行しうるメディアは日本にないし、本来、メディアというのは国家権力を監視するというのがとても重要な社会的役割なのに既存のマスコミと国家権力はべったりだ。

現在ソーシャルメディアはまだまだ非力な存在であるが、その意義が非常に大きいことは疑う余地もない。ここで藤沢氏はかようなネット・メディアの未来について下記のように結論づけている。

経済活動というのはある意味で生存競争であり、最終的には抜き差しならない利害の対立になる。Amazonと多くの小規模の書店が決して相容れないように、インターネット・メディアも既存の巨大メディアと全面戦争をはじめる時がやがてくるだろう。今はあまりにも力が弱すぎて、見過ごされているけども。

そう、そんな時代は近いうちに来るのだろう。GoogleとAmazonが合併してソーシャルメディアの一大勢力を築くというプロットで話題になったモキュメンタリー・ビデオ<EPIC2014>が大流行したのは6年も前の話だが、インターネットという情報伝達という点では限りなく万能なインフラが成長を止めることは考えにくい。人類は情報化社会において、もう後には戻れないステージに到達してしまっている。

しかし、しかしである。そのような世界の流れと日本の流れが一緒になるかどうかは別問題である。例え立ち上がるとしても、このままいくとその間にはかなりの時差が生じる恐れがある。
筆者は大胆に、半ば自暴自棄に(苦笑)下記のような問題が解決しない限り、ソーシャルメディアの日本における本格到来はやってきそうで、なかなかやってこないのではないかと考えている。

ここではソーシャルメディアではアメリカ(や欧州)が先を行っているという前提で、その違いを基に筆者の論拠を述べたい。
(肝心のソーシャルメディアの定義については敢えてここではせずに、次のエントリーでまとめることとする)


日本でソーシャル・メディアが立ち上がらない10の理由

1 既存の大手メディアの影響力が強すぎる。
これには二つある。一つはその国土の狭さ故に大手メディア数社のネットワークが日本全土をことごとく網羅してしまっていること。
 日本全土は右向け右でどっぷりマスメディアに漬かってしまっている。そしてそれがどういう危険性をもっているかについても気づいていない。藤沢氏は「日本の統治機構にがっしりと寄生した既存の巨大メディア」という表現を使っているが、その力は未だ絶大だ。例えばアメリカでももちろんマス・メディアは強大だが、膨大な国土と人種の坩堝と言われる多様性、そして国内にすら存在する時差はアメリカをして情報操作をこの上なく難しくしている。アメリカの全国紙もテレビのメジャーネットワークも日本ほど影響をもっているとは到底思えない。勿論アメリカでも重要な事項については操作は日常的に行われているが、戦争をしている国としていない国では情報に対する優先度の設定が異なるのは理解頂けるだろう。(奇しくもその際に最も優先度が高いのはいわゆる「大本営」の発表というやつなのだが。日本は未だにその亡霊を駆逐できていないようだ)

次に、日本人の単一性の問題。これが国民の既存メディアに対しての依存度を極度に高めてしまっている。何より問題なのはその既存メディアにどっぷりと漬かってしまっている状況が簡単には変わらないことだ。
 毎日の通勤途中に必ず見かける電車の中吊り、毎日同じニュースを何度も何度も垂れ流すワイドショー、過激な見出しでしか顧客を釣れなくなってしまっている大手週刊誌などは潜在意識に無言で働きかける。(通勤のほとんどが車で行われるアメリカにおいては以前ラジオが同じような機能を果たしていたのだろうが、近頃ではもっぱらデジタル音楽を聴いているだろう)
この理由の一つは日本がほぼ単一民族に近い人種で構成されており、言語は日本語のみ、そして日本人としてのアイデンティティというのが簡単に伺え知れるほど、多くの人が同じことを考えているということだ。(ここでの単一民族の比喩は、例えば外国人が日本人を見たときに感じる見た目の統一感と近いと思う。黒髪に黒い瞳、似た様な背格好と服装、同じ言語というようなものである。そして「今日本では何が流行ってるの?」とかいう質問が日本人の均一性を物語る有名なフレーズである)
ソーシャルメディアは「個」が抜きん出る舞台であり、既存権力との対決の場である。故にその前に国民が懐柔されてしまっている現状に不満を持たない限り、着火しないことは十分に考えられる。(筆者は平和主義なので安保闘争を再燃させろとは言わないが…)

2 人権意識が低い
- ソーシャルメディアで取り上げられるニュースコンテンツのコアとなる視点を考えた時に、その背後にあるものは「人権」と「個性」の尊重である。日本は先進国の中では明らかに人権後進国であるが、それはつまり「個性」というものを尊重できない文化を有しているということにもつながる。ネット上では相変わらず隣国の国民に対して差別的な用語が飛び交っているが、それをそもそも差別だとも認識していない節がある。「人権と個性」を尊重できない国では「弱いものいじめ」が氾濫する。
日本には多くのグレーゾーンが存在することも問題の一部だ。未成年の喫煙や飲酒、賭博に売春、違法とされていることが平然とまかり通っている現状に国民は不満を持つのではなく、完全に慣らされてしまっている。
弱者の典型は「子供、老人、女性」であり、彼らにとってどんどん住みにくい社会になっていく。親がパチンコに興じている間に子供を車の中に放置しておいて殺してしまった場合、アメリカでは重罪が言い渡される。恐らく他に子供がいたら、その親の親権は取り上げられるだろう。子供というのは一番弱い存在であり、その子供に対するケアをなおざりにしたまま、一方では学級崩壊やモンスターペアレントを輩出するような仕組みを教育の現場で作ってしまった日本は、メディアの根本にある「人権意識」というものに根ざした報道に対して、ワイドショー的な興味本位のレベルを超えた本質的な興味をもてない。

3 政治(や歴史)とジャーナリズムへの関心度が低い
- 日本では政治への関心度があまりにも低すぎる。これは投票率をとってももちろんそうだが、特に若者の間での政治論争など聞いた試しがないくらいノンポリ化が進んでいる。これはつまり「誰を選んでも同じ」という意識を植え付けさせた体制の意向があまりに強く反映されているためである。投票率が下がれば組織票が強いところが伸びる。これは今の2ちゃんねるを見てもよく分かることだ。いい加減、いつまでも必死に妨害活動をしたり扇動作業をしているのはごく一部の人間であり、ネットへの露出度は人の数には比例していないということに気づくべきだ。アメリカ人が日本人より総じて賢いかというと断じてそういうことはないと思うが、政治や人権意識という点では日本よりも遥かに進んでいるのは地域レベルでもよく分かる。(またこれは国民が税金問題に対しても強い意識を持っているということであり、日本は源泉徴収のシステムが納税者の納税意識を希薄化しているとよく指摘される)

4 個性を認めない「出る杭を打つ」文化の存在
- 村八分、ガラパゴス。。。個性を認めないのを旨とする農民気質の日本人にはどうしても「和」を乱す存在を容認するわけにはいかないというマインドセットがある。これはソーシャルメディアの精神と真っ向から対立するものなのである。そして、藤沢氏が指摘する通り、国民が「マスメディア」を上位階層、「ネットメディア」を下位階層としている限り、その杭を打つ力があまりにも強い。これではやっている方もすぐにヤル気をなくすか、あるいは傷ついてどんどん倒れていく。「ペンは剣よりも強し」とは言うものの、お腹をすかせば簡単に死んでしまうということを大手メディアはよく分かっているし、体力的にはまだ彼らのほうが優勢だ。

5 自営・独立をする人が少ない
これは情報を発信する側について。電子出版が既存の紙出版に比べて参入障壁が低く参加しやすくなったのと同様に、その気になればそれこそ「筆一本」で参入できるソーシャルメディアの世界は実は独立のチャンスだ。しかし長らく農村社会であった島国日本ではそもそも中小企業の数がアメリカ(や韓国)に比べると圧倒的に少なく、自営業者や中小企業の経営者を支援するような仕組みやインフラが圧倒的に少ない。一方ソーシャルメディアで生計を立てようとするとそれなりのコミットメントが必要になってくるので、ここにもまた障壁が存在していることになる。よって明確なビジネスモデルが存在しない黎明期に、この業界に飛び込む人間というのは必然的に少なくなるいわゆる「様子見」の状態が続き、結果として立ち上がりがどんどん遅れていく。

6 非営利団体に対する支援と理解の欠如
- チャリティは胡散臭いなんて誰が言い出したんだろうか。アメリカでのネットの活動、ひいてはジャーナリズムの多くは非営利団体や有志によって支えられており、あのウィキペディアだってもちろん非営利団体だ。政府の助成金などのシステムもあまりに脆弱で、「志」や「大義」のために活動をしようとしても、資本主義の壁に押しつぶされて終わってしまうばかり。これではソーシャルメディアは育たない。何故かというと、メディアの大義は儲けるところ以外にあるべきだからだ。商業主義に捉われたジャーナリズムなど何も面白くないし、一方書くのも得意で金儲けも得意、みたいな人間は歴史が示すとおりかなり稀少なケースだろうから。(多くの作家や独立系の記者は極貧生活を続けながらも執筆を続けてきた)あたかもブームみたいに「社会企業家」などと言うキーワードでもって、チャリティを真面目に捉えて活動している人を興味本位のみで取り上げている場合ではない。

7 (英語力を含む)外国語力の低さと国際意識の欠如

- 日本人の英語力の低さは日本語の特異な言語的構造によるところが大きい訳だが、根本的には海外に対しての意識が低いところから来ている。(海を隔てているのだから当然だとも言えるが) 日本の中にあるニュースなんか限られているのだから、世界とつながるソーシャルメディアの世界に目を向けるべきだが、ここでいちいち翻訳サービスを必要としていたのでは肝心の「スピード」がまったくついていけない。つまりここでもソーシャル・メディアは成り立たないのだ。本来は英語教育を(一時的に)捨ててでも言語としての親和性の高い韓国語や中国語を学ぶことで、もう少し国際感覚を身につければ隣国のニュースなどに興味をもつようなケースもでてくると思うし文化交流も深まるはずだが、人権の問題とも影響して日本人は隣国のアジア人に対する持ち前の人種差別意識を乗り越えようとはしていない。

8 PV神話が根深い(大手依存)
- 日本のPV神話は恐ろしい。とあるソーシャルメディアサイトに話をしに行った際に実際にあったことだが、何を言うよりも先に「まずは月間50万PVです、そうじゃないと広告がつきませんから」と真顔で社長に言われたのには本当に閉口した。広告モデルのビジネスの話をしにいったのではなかったんだけども。PV神話が根強く続く限り、(それを望むかどうかは別として)零細でやっているソーシャルメディアのサイトやポータルに広告がつくようなことはない。
PVだけでいったら規模の大きなヤフーやMSNといったサイトに到底勝ちようがないし、彼らの多くは簡単で詐欺まがい(失礼)の「一行広告」みたいなツリ文句で未だに多くのユーザーを扇動している。もちろん特定量のアクセスがあるのは当然だが、迅速性を旨とするソーシャル・メディアの世界では運営主体は零細企業である場合がほとんどであるため、どうしても取り扱う内容は専門的なものにならざるを得ない。この点で、芸能を中心に総合的に情報を扱うポータルにははなから勝てっこないし、本来戦う相手ではない。アメリカでは大手のテレビ広告離れに代表されるように、このような形だけのPV神話は崩壊しつつある。

9 匿名性ジャーナリズムとしての先駆者としての2ちゃんねるの存在
- ある意味日本人の「集合知」とも言うべき2ちゃんねるというBBSが存在している時点で日本におけるソーシャルメディアは早い時期にある程度確立されていると言える。しかし、その匿名性故に2ちゃんねるは一部の「特殊な」人間が集まるところとして一般人からは敬遠されるようになり、最近ではまあすますその傾向が強まっているのではないか。質の悪い「荒らし」行為や宣伝、露骨な情報扇動や個人の誹謗・中傷などが跋扈するあの場に関わりたくないと思う人が増えてきた時点で、マス・メディアはうまく情報操作をしてうまくユーザーを掲示板から引き離していったのだ。ガラパゴス日本を席巻したこの掲示板のもつ意義は大きい。まずは日本では(インフラ的には)ソーシャルメディアが十分に成り立つ可能性というものを示唆したという点、そして次にネットにおける匿名性の問題を明らかにした点、次に「本格的なステージに到達する前になんとなく満足してしまった、つまりやる気をそいでしまった点」である。これぞまさに体制の思う壺(笑)である。ソーシャルメディアの成熟にはその責任の所在を明らかにする「実名制あるいは固定ニックネーム制」が不可欠だと筆者は考える。

10 芸能ネタへの偏り
- 日本は芸能ネタを中心とするいわゆる「三面記事」がニュースの花形である。ワイドショーを見ていたら誰の目にも明らかだ。これは例えばウィキペディアの記事構成にもそのまま現れていて、あれだけ規制が厳しいにも関わらず芸能関係のエントリーが全体の7割以上を占めるという噂があるくらいだ。(要検証 笑) こちらは検証できなかったが、記事ごとのアクセス数ランキングは公開されている。これを見る限りでは少なくとも英語版よりも日本語版のほうが芸能関係に偏っているということはコメントしても差し支え無いだろう。芸能ネタの多くはテレビ局やプロダクションから営利を目的として伝えられるものであり、(それが芸能人の日常を取り上げる様なパパラッチ的なものでない限り)ソーシャルメディアにはあまり適していない。一般人の関心がここに偏っている限り、ネットのアクセスというのは常にそれに大きく左右される訳で、硬派なソーシャルメディアサイトを立ち上げようにもそもそも対象となるネット利用者がかなり少ないと考えられる。例えば私は自分のブログの潜在読者なんて最大でも50万人くらいしかいないと考えている。
(*だが、こと芸能ネタに関してはどうしてもプロダクションからの情報が必須になってくるため、マスメディア向けなのだが、ライブレポートやファンクラブでの情報交換などはファンが草の根的に内容を伝えるのに最適なため、実はこの分野で大きなブレイクスルーが起こり、ソーシャルメディアが立ち上がる可能性はある)

(以下は次点)
11 携帯からネットに接続している人口の比率が高い
- アメリカではiPhoneの普及によりようやくスマートフォンでのウェブ閲覧というのが一般的になりつつあるが、日本ではiモードなどの携帯サービスを通じてでしかネットを使わないという人口がまだまだ多いようである。パケット代の問題もあるが、そもそも公式コンテンツに上がらない限りはアクセスを稼ぐことができないのに対し、キャリア側からすると自前のサイトに誘導したい(特にソフトバンク)訳だから、ここには利益の相反が生じる。(そもそもソーシャルメディアは既存のメディア業界の構造変革であり、立ち上がるまでは大手はみな逆風である)

12 宗教上のノンポリが多い
- 宗教は政治や人権とは切ってもきれないものだ。「日本人は無宗教だ」と世界から判を押したように理解されるくらい日本人は宗教的にノンポリである。これに対して欧米型のメディアは「正義」の論争はしばし宗教観を土台にしたものである。「宗教なんか科学的じゃないから現代人は信じるべきじゃない」なんていう訳のわからない理屈を並べて自身の宗教への無理解と不寛容を正当化しているのは先進国の中でも日本くらいだろう。信教の自由は自分の権利を認める代わりに、他人にもそれを認めるというものであり、異なる視点からの意見を尊重しながら交流する場というのが必然的にあちこちで生まれるようになる。

キーワードでまとめると「マスメディアの影響力と国民の依存」、「興味をもつ対象範囲の狭さと無関心」、「(個性を認めようとしない)村八分への危機感」、そして言語力である。

しかし、ここで誤解して頂きたくないのだがこれらはつまりガラパゴスと揶揄される「島国根性」といういわば日本人の一番良い部分の裏返しでもある。このため、もしかしたら日本はソーシャルメディアを立ち上げないという選択肢を無意識の内に取ってしまうのかも知れない。そう、ちょうど電子出版でも大きな可能性の芽がどんどん摘まれていってしまっているのと同じように。
これが無意識の内ではなく、日本国民の総意としてソーシャルメディアではなくマス・メディアへの継続的依存を選択するなら、それはそれで仕方ないことだと筆者は考える。

では、ソーシャルメディアとは一体何なのか、この難しい議題については次のエントリーで筆者なりの見解をまとめていきたい。

ソーシャルメディア革命 に続く)

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