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日本出張中にたまたま開催されていた、とある電子出版に関するセミナーに参加した時のことである。

後ろの方に座って、途中から明らかに退屈な展開を迎えていたプレゼンやディスカッションを、あくびを堪えながら聴いていた僕の視線に妙な人物が飛び込んできた。
かすりの着物を着てメガネをかけているその老人は、明らかにその場に不釣合いだったが、最も不釣合いだったのはその鋭い眼光だった。彼も明らかに退屈しているようだったが、どちらかというとそれを通り越して腹を立てているようだった。

壇上のパネリストの中には、したり顔のジャーナリストと電子出版ブームに何とかついていこうとして必死な中堅出版社の編集者、そして日本では有名なウェブサービスを展開している某氏の姿があった。この時はまだiPadは世にはでていなかったが、スティーブ・ジョブズの「新創造物」プレゼンがすでに世界を震撼させた後であり、巷には賛否両論が巻き起こっていた。このイベントもそういう時代の波を反映して新興の電子出版社社長の呼びかけで開催されたものだった。だがアメリカで電子出版については実業も含めてそれなりの経験と見識をもっていることを自認する僕にとっては、言葉は悪いが、まったく根拠があるとは思えないようなものばかりだった。大体誰もまだ実機を触っていないし、キンドルストアでの出版経験もないのによくそこまで言い切れるな、というコメントが多かった。きっとiPhoneの最初の時もこうだったのだろう。読み違いをしないようにとそれなりに配慮してコメントしているのだが、それがかえっておかしかった。例えばこんな感じだった。

iPadのキーボードはiPhoneより大きいから打ちやすい、とジャーナリストが言った。
これは明らかに間違いだ。実際にはiPadのキーボードは微妙に本物に近いので、逆に打ちにくいだろう。しかも横において打つとキーボードと手が画面を隠してしまうので打ちにくいこと此の上ない。指で打てるiPhoneのほうがまだましだった。しかも間違えて打っても何の反応もないため、そのまま打ち続けてしまう。タイピング歴20年以上の僕でも正直音を上げるほどだ。きっとBlueToothのキーボードを使うしかないだろう。

出版関係者は面目を保ちたい一心で「アメリカでは元々本の値段が高いから電子が流行るが日本ではそもそも安いから影響を受けにくい」と言った。
それも明らかに間違いだ。消費者は誰だって安いのに越したことはないと思っている。ピリオドだ。大体再販制度の無いアメリカには本の定価自体がなくすぐにディスカウントされていくことをこの人は知らないのだろうか。最終的に値段を決めるのは消費者である。それが電子出版革命の肝の一つではないか。

そして、僕をもっとも困惑させたのがウェブサービスを提供している某氏だった。名前が売れているのをいいことに、彼はこんなことを言ってのけたのだ。
iPadはタダの大きなiPodだから何も画期的ではない。僕はぜんぜん興味ないですね」
好き嫌いは個人の自由だから構わない、しかしここは公の場である。その人物の世論への影響力を考えた時に、それにはあまりにも相応しくないのではないか。他に言うことはないのか、と僕は少し気分が悪くなった。あまりにも的を射ていない発言だった。

これは何としても質疑応答のセッションで発言をしよう、と思って準備していると、誰よりも早く真っ先に手を上げたのはその老人だった。彼の目はどちらかというと怒りに震えているように見えた。司会者も戸惑いながらも、一本しか挙がっていない堂々とした手を無視することもできず、彼にマイクを手渡した。
こんな老人が何を言うのだろうか、と思ったら彼は開口一番こう言ってその場にいた者の度肝を抜いたのである。

「iPadが大きいiPhoneやいうのはアホでも言えるコメントやが、まったく意味がない。あんたはまだ触ったことないんやろ?大体それを言うなら。。。」そう言って、少し咳払いをしながら老人は一気に畳みかけたのだった

タクシーとバスもサイズ違うだけやが、バスのことを大きなタクシーやから意味ない、ていうんか!?周りが混乱するから分からんもんは黙っとれ!ダァホ!」

大音量の叫び声が会場にこだましたかと思うと、いつのまにか正面のスクリーンには大きなタクシーとバスの絵が両側に写っており、二つの絵は見慣れた数式記号で結ばれていた。どうやら「バスは大きなタクシーではない」と言いたいようだ。(ちなみにダァホという音は、関西弁で言うところのどアホである。漫才などでも見られるが、関西弁でいうところの「アホ」という言葉はかならずしもけなすばかりのコトバではなく、関西人にとっては愛着すら感じられる)

パネリストを含め、会場のみんなが呆気に取られる中、この老人は何者だろうと視線を戻したらその席には彼の姿はもう無かった。そして、いつのまにか僕の席の机の上に一冊の本が置いてあった。それには「iPad VS キンドル」と書いてあった。これが僕とうぃる爺の最初の出会いだった。それから僕は彼のことをずっと追いかけることになる。。。
(注:この物語はフィクションです)



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