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この定義には当然の前提条件として考えられているが記載されていないことに、「インターネット」の存在がある。何度も繰り返すが、インターネットというインフラは本当に強力なインフラである。が、インターネットはまだ万民に普及しているとは言い難い現状がある。ちなみにもちろんウィキペディアの当項目の<概要>欄には「インターネットやウェブに基づく技術を用いて」という記載があるので誤解なきよう。どうやら英語版から翻訳したのが主なようだ。要するに人々はインターネットという強力な情報配信インフラを得たことにより、各自が世界中に広がるウェブの網目を通じて自分が望む情報を発信できるようになり、同時にそれらの情報を受信することができるようになったということである。

そして、佐々木俊尚氏も著作「次世代ウェブグーグルの次のモデル」で述べているように、このソーシャルメディアの中核をなすのがブログである。ブログはいわば既得権益を得た大手が作り出したマスメディアとは異なり、そもそも「コントロールできないように」設計されている。ブロガーは何を書いてもよく、ここには放送禁止用語のような放送コードのみばかりか、そもそも公的秩序に対するルールですら存在しない。そこにあるのは言論の自由のみだ。(もちろんブロガーやアメブロなどのブログサイトで書いた場合にはそれぞれの運営会社のルールやポリシーに基づいて執筆する必要がある。が、筆者のようにワードプレスなどのブログツールを自分でインストールして運営する分には、基本誰から文句を言われるわけでも内容を規制されるわけでもない)

インターネットが産み出したツールやアプリケーションは数多くあれど、ブログほど強力なツールはないであろう。ブログは一見単なる執筆ツールであるが、グーグルなどの検索エンジンと連動した際にはそのツールが水を得た魚のようにウェブの大海を縦横無尽に泳ぎだすのである。「ペンは剣よりも強し」という格言があるが、それほどまでに言論というものがもつ力は強く、本来メディアやジャーナリズムはそのペンによって成り立っていたのであるが、マスメディアが強力な力をもっていく過程で個々の発言よりは大手の意見というものが力をもっていくようになった。その背景には「広告主」というスポンサーがいたことが大きい。要はブログには広告主がいないだけに、好きなことが書ける。それだけのことなのだが、トラフィックを集めるようになった時のブログの力はとんでもないことになる。これが「スケーラブル」であるということなのだろう。そして、もはやそれを止めるものは誰もいない。ただ、出来るとすれば「黙殺」するということだろう。

しかし、グーグルという検索エンジンはそれすら許さない感がある。ブログを書き続けることで、大量の情報がネットの世界に配信され、断片がどこかしらに出てくるようになる。特に特定のキーワードに絞って配信した場合にそれが顕著に出てくる。もちろんこれを巧みに用いるのがこれからのソーシャルメディア上でのプロモーション術である。現在日本ではアメリカよりも若干遅れてではあるが、着実にこのソーシャルメディアの到来を敏感に察知し、迅速に動き始めている、というか「書き始めている」者たちが多く、もちろん筆者もその末席に加えられているという自負をもって書いている。
これからのソーシャルメディアの鍵はずばり「実名性」にあると言ってもよい。マスコミの世界でのジャーナリズムは(テレビを除いて)多くは匿名性での情報が主であった。しかしこれからは個がまさに自分の情報分析能力と執筆能力を駆使してウェブという大海で一人ボートを漕ぎ始めるのである。

(続く)

電子ブック開国論 38 39 40

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Hatena Bookmark - 第4章 電子出版がもたらすソーシャルメディアの夜明け2 – 電子ブック開国論 (39)
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